ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 58(1): 31-33 (2019)
doi:10.11481/topics103

研究室紹介研究室紹介

高崎健康福祉大学薬学部薬学科分子神経科学研究室

発行日:2019年6月30日Published: June 30, 2019
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はじめに、私のような一介の研究者に研究室紹介の執筆の機会を与えていただきました出版・広報委員長の澤本和延先生および関係者の方々に深く御礼申し上げます。高崎健康福祉大学は、前身校の須藤和洋裁女学院などを含めると約80年の歴史があり、現在の大学は、2001年に設立されました。大学名としては認知度が低いかもしれませんが、2018年に開催された平昌オリンピックの女子団体パシュートの金メダリストチームの一人である佐藤綾乃選手は本学の学生(平成31年3月卒業)であり、また付属高等学校は、県内の野球チームの強豪校として有名で、スポーツが盛んな学園です。また、本学の副学長は、神経生理学の分野でご高名な小澤瀞司先生です。本学は、「人類の健康と福祉に貢献する」を理念に、4学部7学科から構成され、2019年4月からは新たに農学部生物生産学科が開設され、5学部8学科となりました。私は、2017年4月より本学薬学部薬学科の准教授として採用され、PIとして小さいながらも研究室を立ち上げることとなりました。教育では、病態・薬物治療学に関連した科目を主に担当しています。日本神経化学会大会で毎年開催される臨床系のシンポジウムやランチョンセミナーなどは、私の大学での教育活動にも活かされており、本学会は私の研究・教育の支えとなっております。

着任時、研究室メンバーは私一人でした。一刻も早く研究体制を整えるために、焦りながら一人で薬学部棟を歩き回り、学部内の先生方に色々と教えていただき、与えられた実験室に放置された前任者の物品を整理し、動物実験室や培養室のスペースを確保しながら、新調した無数のガラス器具の洗浄、汎用試薬の調製、実験機器の導入とセットアップ。異動に伴う事務的な手続きや本学で担当する講義の準備をしながらの作業はなかなかハードで、約1ヶ月はあっという間に過ぎ去ったように記憶しています(縁もゆかりもない土地で不安ながらに暮らす家族には相当な迷惑をかけたと思います)。ただ、運良く前任者が残していった物品の中には、棚や冷蔵庫、フリーザーなどがあり、しかも私が引き続き使用できるとのこと。着任当初、獲得した科研費や研究助成金はこれらの物品の購入でかなり削られると予想していたため、初期投資を抑えることができました。さらに幸運なことに、前任者は発光を利用した生体イメージングを行っていたため、動物実験室には生体イメージング装置一式が設置されていました。私も前職で生体イメージングを行っていたため、本学でもこの研究が継続できることとなり、今回の着任に関して勝手に運命的なものを感じていました。

前職である富山大学薬学部では、津田正明先生(2014年3月に定年退職)の下で神経細胞におけるBDNFをはじめとするシナプス可塑性に関連した遺伝子の発現制御機構の解明に取り組んできました。またこの研究の過程で、富山大学医学部の森寿先生の多大なるご協力により、ルシフェラーゼによる発光を利用してBDNF遺伝子発現変化を計測・可視化可能なトランスジェニックマウスを作製し、生細胞や生体マウスにおけるBDNF遺伝子発現変化の可視化やBDNF遺伝子発現誘導活性を有する物質のスクリーニング系の構築、などを進めてきました。現在、私の研究室で進めている主な研究は以下のとおりです。

  1. (1) BDNF発現制御機構の全貌解明;BDNFが記憶の固定化を含む高次脳機能発現に重要な因子の一つであり、うつ病やアルツハイマー病に代表される神経・精神疾患との関わりも深いことは周知の事実ですが、BDNFの発現制御機構については未だに不明な点が多く残されています。これまで、津田正明先生の研究室では、神経細胞におけるBDNF遺伝子の発現制御に関して様々な知見を得て世界に発表してきました。この研究に従事した一人として、私の研究室では、BDNF発現制御機構を解明することは使命と考え、転写・転写後・翻訳などの段階における制御機構の分子基盤解明に取り組んでいます。
  2. (2) 生体マウスにおけるBDNF発現変化の可視化;富山大学医学部の森寿先生に作製していただいた前述のトランスジェニックマウスを用いて、生理的条件下・病態生理的条件下における生体脳内BDNF遺伝子発現変化の可視化を試みています。様々な神経・精神疾患において脳内BDNF発現の異常が認められますが、この異常が疾患の原因なのか結果なのか?を追求し、ひいては治療戦略に結びつけられればと思っています。また、深部組織由来の発光を検出するため、電気通信大学情報理工学部の牧昌次郎先生との共同研究により、近赤外光を利用した生体イメージングにも取り組んでおり、最近、脳内BDNF遺伝子発現の活性化を生体マウスで可視化可能になりました。
  3. (3) BDNF遺伝子発現誘導活性を有する物質の探索;前述のトランスジェニックマウス由来の初代培養神経細胞を用いて、BDNF遺伝子発現を活性化させる化合物や天然物の探索を行っています。近年のヒトを対象とした研究により、脳内BDNF量の低下は、アルツハイマー病だけでなく、軽度認知障害からアルツハイマー病への進行、加齢に伴う認知機能の低下にも関連することが指摘されています。そこで私の研究室では現在、神経細胞においてBDNF遺伝子発現を活性化させる物質を探索し、活性を有する物質が記憶や学習に及ぼす影響について、動物実験により検討しています。将来的には、医薬品開発だけでなく、食による認知機能の保持・改善への応用を目指したいと思っています。

私自身、学生時代に生命現象の基盤となる分子機構の面白さに惹かれて研究の道に進みました。しかし最近では、それに加えて、研究成果をどのようにして社会に還元し、人類の健康に貢献できるかを考えるようになってきました。研究室の運営に関しては、まだまだおぼつかない部分もありますが、卒業研究生として研究室に配属された学生も7名となり、また2019年4月からは三反崎聖先生が講師として研究室メンバーに加わりました。まだまだ小さな研究室ではありますが、高崎から世界に向けて輝く研究成果を発信し、本学がスポーツだけでなく研究も盛んな大学として認知されるように、そして人類の健康に貢献できるように、100%のエフォートを200%以上にする気持ちで邁進していく所存です。日本神経化学会の先生方・関係者の方々におかれましては、今後ともご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 58(1): 31-33 (2019)

写真 研究室メンバー(最後列左が三反崎聖講師、同右が筆者)

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