ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 58(1): 45-51 (2019)
doi:10.11481/topics106

海外留学先から海外留学先から

世界へと夢を追いかけて

Department of Cell Biology, Duke University Medical School

発行日:2019年6月30日Published: June 30, 2019
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ドイツの経済学者カール・マルクスの一節に「他者を通じて自分を知る」とあります。私は、海外留学の意義とはこの言葉が指し示すように、実は海外研究から日本の神経化学分野を読み取り、どのようにして日本で研究と向き合うのか、自分自身の夢や神経化学研究の将来像を見据えることなのだと考えます。実際に、海外留学では海外の研究状況、動向、環境等を直接感じとることで、自分のこれまで従事してきた日本神経化学研究の魅力や特色を改めて深く理解します。その為、海外留学という貴重な経験は日本にて研究を推し進める上でも極めて重要なのです。私は2017年夏頃に日本学術振興会・特別研究員PDの海外渡航支援にてアメリカ合衆国に短期滞在し、翌年4月からノースカロライナ州のデューク大学(Scott Soderling研究室)へと正式に留学しました。本稿では、海外留学での短いエピソードを交えながら、海外での研究や暮らしぶり、そして留学体験から学べる多くの教訓などについてもご紹介させて頂きます。本稿が、これから海外留学を目指される先生、また一人でも多くの若手研究者が海外へと目を向け勇猛果敢に挑戦し、日本神経化学会の更なる発展へと繋がるよう切に願いながら寄稿させて頂きたく思います。

海外留学までの道のり

私は研究者への道を志した大学院生時代から、生涯に一度くらいは日本を飛び出して海外で働いてみたいという想いを抱いていました。何故ならば、これまでに海外留学された多くの先輩方による本稿のような留学体験記を拝読させて頂いたことをきっかけに、海外での多くの貴重な経験、異文化、新しい価値観などに触れてみたいという好奇心が私にも少なからずあったからです。しかしながら、当時の私には海外留学に対する具体的なビジョンはなく、まさか後に実際に海外で研究をすることになるとは想像すらしていませんでした。私は、首都大学東京・生命科学専攻・神経分子機能研究室の久永眞市教授の下で博士号を取得した後に、名古屋大学医学系研究科・神経情報薬理学講座の貝淵弘三先生の下で、神経細胞の極性化を制御する分子メカニズムの研究に従事させて頂きました。貝淵先生からも、「将来は海外で一度は研究をしてみなさい」と海外留学を勧めてくださり、在籍中には様々な国際会議での発表の機会を与えて下さりました。その中で、少しずつではありますが英語でのコミュニケーションなど海外留学への準備が出来ていたように思います。

数年後、神経極性に関する仕事もまとまりかけていた時期に、留学先についても考え始めるようなりました。これまで貝淵先生や久永先生の下で勉強させていただいた分子研究を基盤にして、留学先では分子から脳高次機能を理解したいという思いがありました。そこで、分子解析から行動解析まで幅広く研究を行なっている研究室に焦点を絞り、留学先を探し始めました。すると、幸運にもいくつかの新規研究室から受け入れのご返事を頂き、当初は私が想像していたよりも順調に海外留学へと歩み始めていました。しかしながら、貝淵先生にこれらの留学先についてご相談させて頂いたところ「立ち上がりの研究室への留学は本当に大変であり、この先もしっかりとした研究が継続できるか定かでないため、お勧めはできない。」と留学先探しは振り出しに戻ってしまいました。海外にいる現在、この時のことを振り返ると貝淵先生のこのお言葉は本当に適確であったと実感することが多く、留学する上で最も重要となる研究室選びに関して、このような大変貴重な御助言を頂けたこと本当に感謝しております。実際に、アメリカではテニュアトラック制度により、年間でも非常に多くの研究室が立ち上がり、その一方で業績不振や研究費獲得状況により、存続の危機に立たされている研究室も数多く見受けられます。そこで、改めて留学先を慎重に探し始めたところ、意外なことに日本国内からも受け入れのご連絡を頂きました。この受け入れのご連絡は私にとって本当に光栄なお話で、この時は留学先が決まらない焦りもあり、このまま国内に残り研究を続けるか、また本当に海外へ留学するのか、葛藤の日々が続きました。

進路について悩んでいた頃、貝淵先生から思いがけないご提案を頂きました。それは、デューク大学のScott Soderling研究室への留学です。Scott Soderling先生は、カルシウム・カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII(CaMKII)の研究で知られるThomas Soderlingを父に持つデューク大学の若手の独立研究者で、最近では近位依存性ビオチン標識(BioID)という手法で抑制性シナプスに局在する分子群の網羅的同定に成功していました。また、Soderling研究室ではマウスの行動解析や神経回路の同定などの多様な研究解析も行っており、私の希望していた研究テーマとも一致していた為、Soderling先生にすぐにメールにて履歴書をお送りしました。すると、すぐにご返事を頂き、Skypeインタビューをすることになりました。Skypeインタビューでは、これまでの研究成果や今後の研究内容について笑い話も交えながら、1時間程Soderling先生とお話しさせて頂きました。それは、まるで初対面とは思えない程の和やかな雰囲気でした。その後、実際にSoderling研究室を見学したいと思い、ノースカロライナへと足を運びました。見学の際は、まず始めに全体ミーティングにて研究発表(インタビュー)をさせて頂き、その後は夕方まで研究室のメンバー一人一人とじっくりと歓談し、またデューク大学の研究施設の専門家とも議論させて頂きました。このように1日にかけてじっくりとお話しをするインタビュー形式も、海外ならではなのではないかと思います。それにより、研究室や大学全体の雰囲気を感じることができ、海外研究について想像を膨らませることができました。日本に帰国し、すぐに留学先をご提案して下さった貝淵先生や家族にご相談をさせて頂きました。貝淵先生からは激励のお言葉を頂き、また家族からは私の心配とは裏腹にあっさりと「海外に行ってきなさい」と言って頂き、恩師や家族の支えの下でアメリカのデューク大学に留学することを決心しました。渡米前には、久永先生からも温かい励ましのお言葉を頂き、海外挑戦へと勇気付けてくださいました。そして、渡米当日には大変嬉しいことに貝淵研究室の同僚が空港まで見送りに来てくださり、不安と期待の中でアメリカへと渡りました。

アイビー・プラスとして知られるデューク大学

私が留学したデューク大学は、なかなか聞き慣れない大学であるという方も多いかもしれません。実際に、私も留学するまではデューク大学については馴染みの薄いものでした。ノースカロライナ州ダーラムに位置するデューク大学は、実はマサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、カリフォルニア工科大学と共にアイビー・プラス(Ivy plus)とされる名門大学の一つとなります。実際に、デューク大学からは2015年にDNA修復機構の解明にてノーベル化学賞を受賞されたポール・モドリッチ先生、また2012年にGタンパク質共役受容体の機能と分子構造の解明にてノーベル化学賞を受賞されたロバート・レフコウィッツ先生など、2018年までにノーベル賞受賞者を13名、チューリング賞受賞者3名を輩出しています。それに加え、デューク大学はローリーにあるノースカロライナ州立大学、またチャペルヒルにあるノースカロライナ大学(UNC)と共にリサーチ・トライアングルパークと呼ばれるアメリカ屈指の研究都市の拠点大学となります。実際に、デューク大学では年間10億3700万ドル(約1,150億円)というアメリカでもトップクラスの巨額の研究資金を使用して、基礎研究から臨床研究まで非常に幅広く最先端の研究が行われています。デューク大学は巨大な敷地を有しており、その象徴となる教会のあるCentralキャンパスを中心にWestキャンパス、Eastキャンパスという大きく3つのキャンパスで構成され、この広大な敷地内を無料のシャトルバスで移動します。大学敷地内には、2つの病院と多数の研究施設を有しており、その中には質量分析、顕微鏡、遺伝子改変動物の作成や動物行動解析、フローサイトメトリー、次世代シークエンスなど多くの研究部門が存在します。そして、研究者はそれら多くの最先端研究機器を各研究部門の専門スタッフによる協力の元で非常に効率的に使用することが出来ます。また、研究施設の中には研究試薬の購買店があり、実験中でも試薬がない場合はすぐにこの購買店にて必要な試薬を仕入れることが出来るのも実験を進行する上で大きなメリットとなっております。

私が留学したSoderling研究室はデューク大学医科大学院の細胞生物学専攻に属する研究室の一つです。Soderling研究室は、ポスドク4名、大学院生4名、テクニシャン3名の研究室となり、アメリカでは一般的な規模の研究室になります。Soderling研究室では、週に一度の全体ミーティングがあり、それに加えて数名程度のメンバーが議論するグループミーティングがあります。また、Soderling研究室が所属する細胞生物学専攻内においてもIn House Seminarというポスドクや大学院生等が研究内容を発表する場が週に一度設けられています。研究室のミーティングやIn House Seminarでは、ピザなどの軽食を取りながらお互いの研究状況について活発な議論や情報交換が行われています。このように、研究室だけでなく専攻内の独立研究者、ポスドクや大学院生が日頃から親睦を深め、お互いに協力し切磋琢磨する環境が築き上げられていることは、自身の研究を推し進める上でも非常に良い影響をもたらしています。

Scott Soderling先生邸でのホームステイから始まった留学生活

アメリカでの生活当初について、私の体験談をご紹介させて頂きます。私は、アメリカには国際会議への参加により度々訪れたことはありましたが、実際にアメリカで生活したことはありませんでした。また、ノースカロライナにはSoderling研究室でのインタビューの際に訪れたのみで、土地勘など全くなく、治安面がやはり一番の心配でした。そこで、ボスのSoderling先生に渡米直後の住居についてご相談したところ、大変親切に「住むところが見つかるまで、うちに泊まっていいよ」と言って頂きました。私は、そのお言葉に甘えてSoderling先生のご自宅に泊まらせて頂くことになりましたが、さすがに日本からの長時間の飛行機移動後に直接ボスのご自宅にお邪魔するのは心苦しく、せめて体調だけでも整えてから伺いたいと思い、「ローリー・ダーラム国際空港到着後は、近くのホテルに泊まり、翌日に研究室に伺います」とご連絡しました。ところが、Soderling先生からは思いもよらぬお言葉が返ってきました。それは、「ホテルに泊まる必要はないよ。空港に迎えに行くので、遠慮せずにそのまま自宅に来なさい」ということでした。私としては、ただ体調を整えたいという、その一心だけでしたが、結果としてSoderling先生のご厚意に甘えて、ローリー・ダーラム国際空港到着後からご自宅に泊まらせて頂くことになりました。これは、私にとって三十代になってから初めて経験させて頂いた少し遅れたホームスティとなりました。Soderling先生との1日は、毎朝6時半くらいに起床し、支度をして8時頃に家を出ます。8時半頃に研究室に着き、仕事をして、5時過ぎにはご帰宅されるという非常に規則正しい生活習慣でした。ある日、Soderling先生に、「日本にいる頃は早朝から夜遅くまで仕事をして、家に帰ったらすぐに眠ってしまうという日々でした。」とお話ししたころ、Soderling先生からは「Work hard, play hard(よく遊び、よく学べ)! It’s a U.S. style.」と笑っておっしゃられ、アメリカでは仕事と同じくらい自分の時間やご家族を大切にするのだと感じました。実際に、私がホームスティをさせて頂いた際には、仕事終わりにSoderling先生のご家族と一緒にミュージカルを鑑賞したり、近くの公園へとお散歩したりしました。また、Soderling研究室でも暖かくなると研究室のメンバーでハッピーアワーを楽しんだり、ご家族も含めて皆で遠足に出かけたりします。このように、研究室のメンバーが家族ぐるみで交流を深められることもアメリカの研究室の特徴の一つのように感じました。このような研究環境に、当初は困惑することも多かったですが、これまで研究のみに没頭していた私に、研究に加えて家族や自分の時間を持つことの大切さを教えてくれました。それが、やがては人生を豊かにするだけでなく、研究立案の上でも重要とされる想像力の発展につながるのだと感じました。

Cagla Eroglu先生との出会い

アメリカの研究環境にて最も驚愕したことは、日々研究者同士が非常に多くの情報交換を行い、それにより新たな技術や秀でているアイディアをすぐに取り入れるという卓越した研究進行の速さでした。実際に、デューク大学の同じ専攻内だけでも数多くの共同研究が行われており、話し合いは勿論のこと、実験に必要な研究機器や研究試薬など細部に至るまで徹底した協力関係の元で研究が進められています。先述したように、私はSoderling研究室にて分子の視点から脳高次機能の理解に繋がるような研究を行いたいと考えていたこともあり、脳進化の過程で増大したグリア細胞(特にアストロサイト)と神経細胞が作り出す「三者間シナプス」に関する研究をさせて頂くことになりました。脳内においてアストロサイトはシナプス形成や可塑性を制御するばかりでなく、自閉症や統合失調症の原因因子の多くがアストロサイトにも高発現していることが判ってきており、近年アストロサイトによる脳機能制御に対する関心はますます高まってきています。そこで、この三者間シナプスに着目し、その詳細な分子メカニズムの解明を目的とした研究を始めました。海外留学から2週間程研究方針を熟考し、Soderling先生と何度もディスカッションを重ねて、ようやく研究の方向性が定まりました。しかしながら、Soderling研究室では、これまでに神経細胞のシナプス形成や神経回路に関する研究を主に行っていた為に、グリア細胞研究に関する技術や専門知識は乏しく、研究室では全く新しい試みとなりました。そこで、Soderling研究室と同じ細胞生物学専攻内にアストロサイト研究の先生が研究をされており、その先生と共同研究を始めようということになりました。その先生とは、スタンフォード大学にて故Ben Barres先生の下で研究されていたCagla Eroglu先生でした。共同研究の申し入れをする為にSoderling先生と共に、Eroglu先生、Eroglu研究室のポスドクKatherine Baldwin博士、Dhanesh Sivadasan Bindu博士の前で、新たなプロジェクトに関する発表をさせて頂きました。もし万が一、Eroglu先生に共同研究の許諾が得られなかった場合、立案したプロジェクトの進行が極めて困難になることが予想されていた為、私はとても緊張した状態で発表に望むことになりました。その緊張感の中で発表が終わると、Eroglu先生からは予想以上の反応で「それは、私がやりたかったこと。是非一緒にやりましょう!」と満面の笑みで快諾してくださいました。現在までに、Eroglu先生達と共同にて従事している本研究は非常にエキサイティングであり、良い結果が得られた際にはEroglu先生とハグをして一緒に大喜びをしたり、「Let’s dancing!!」と言って研究室のメンバーと一緒になって踊ったりしたことを、つい先日のように鮮明に記憶しています。また今回の共同研究を通じて、アメリカの研究費の中でも獲得が困難とされるNational Institutes of Health(NIH)のBRAIN Initiativeから研究費を獲得できたことも、私にとって大変貴重な経験でした。アメリカの研究費申請書はまるで論文のような膨大なデータに基づいて研究提案を行うという日本とは少し異なる構成となっており、本研究課題申請時の際もSoderling先生とEroglu先生と何度も議論を重ね、またBaldwin博士やBindu博士と協力して実験を行うなど、アメリカでの研究費獲得のプロセスについて間近で勉強させて頂きました。このように、これまでグリア細胞研究の経験が全くなかった私をまるで研究室の一員のように接してくださり、これまでに多くのグリア研究の技術や専門知識などをご教授してくださりましたEroglu先生と出会えたことに感謝していると共に、非常に多くの研究仲間と仕事をさせて頂いていることを大変光栄に思っています。

研究開発都市ダーラム

ダーラムはノースカロライナ州中央部に位置する都市であり、リサーチトライアングルパークの拠点地として知られています。リサーチトライアングルパークでは約190万人が暮らしています。ダーラムの気候は日本の東京とよく似た気候であり、雪もほとんど降ることはなく四季の移り変わりを楽しむこともできます。また、デューク・フォレストと呼ばれる山道や湖など多くの自然を楽しむことができるのも魅力の一つであると思います。さらに、アメリカで毎年発表されている住みやすい街ランキング(Best Places to Live)では常に上位にランキングするなど、近年注目を集めている研究開発都市となります。実際に、ダーラムは家賃などの生活費が安い上に治安も良く、またデューク大学という医療レベルが高い施設があることも人気の理由となっているようです。リサーチトライアングルパークには多くの日本企業の研究開発部門や各国の研究機関が進出していることから、ダーラムにはお寿司やラーメン屋などの日本食レストランを始めとし、BBQなどのアメリカ料理、中華料理、インド料理、メキシコ料理など非常に多くのレストランがあります。また、グローバルストアにて日本食材を手軽に購入することもできるので、海外料理が苦手な方でもダーラムでは支障なく暮らせるように思います。ダーラムにはカロライナ・シアターがあり、映画の上映や公演などが頻繁に行われ、フル・フレーム・ドキュメンタリー映画祭なども行われています。さらに、ダーラムはスポーツも活発な地域で、ダーラム・ブルズというマイナー・リーグの野球チームがあり、2012年にレイズとマイナー契約した松井秀喜選手もプレーをしていました。昨年、私は初めて研究仲間と一緒に野球観戦に行きました。ゆったりとお食事をしながら間近で見る野球は非常に迫力があり、アメリカでのとても良い思い出となりました。デューク大学内においてもスポーツは活気を帯びており、特に男子バスケットチームのブルーデビルズ戦は常に白熱し地域を挙げて応援する一大イベントとなっています。このように、ダーラムは子供から大人まで楽しめる魅力的な地域であり、またダーラムの人達は非常に親切である為、初めての海外生活の方でも非常に暮らしやすい街となっております。

同じ夢を追いかける皆様へ

近年のオープンアクセスジャーナルやSocial Networking Service(SNS)の普及、またバイオアーカイブの誕生により海外研究の情報に触れる機会が格段と増大する一方で、近年の若手研究者の海外留学離れが目立ってきているように感じます。しかし、本当に価値のある、生きた多くの情報というのは、未だに人を通してのみしか伝わらず、その情報伝達速度は海外では極めて速いように思います。その為、日本とは対照的に現在もインドや中国、韓国などの若手研究者の海外留学は飛躍的に増加しています。では、何故日本では多くの若手研究者が海外留学を躊躇うのでしょうか。その理由として、恐らくは次のように大きく3つあるのではないかと思います。それは、1)言語、2)経済面、3)日本でのポジションの獲得です。1つ目の言語の問題についてですが、若手研究者の中には英語での会話が苦手な方も多いのではないかと思います。しかしながら、実際に海外の研究室に参加してみると、研究室では日々ディスカッションが多く行われており、また研究室外においてもホームパーティが頻繁に催されているため、外国の方と話す機会が非常に多く、そのような環境下において2~3ヶ月程度で英語を聞き取れるようになります。また、アメリカでは様々な国の方が協力して研究をされており、多種多様な英語が情報交換の場で飛び交います。その為に、日本語訛りの英語でも全く問題はなく、むしろ重要なことはどんなに英語が不得意であっても、自信を持って自分の考えを伝えることなのだと思います。2つ目の経済面については、日本学術振興会・海外特別研究員、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団など海外留学を支援して下さるフェローシップが日本ではとりわけ充実しています。これらのフェローシップを上手く利用されることが良いように思います。実際に、私は上原記念生命科学財団のリサーチフェローシップの援助を頂き、海外留学をさせて頂きました。3つ目の日本でのポジションの獲得についてですが、残念ながらこれは正直私にはしっかりとした答えがあるわけではありません。しかしながら、海外という異国の地でも研究に対する夢や情熱を持ち続け、勇猛果敢に挑戦する姿勢こそが研究成果に実りをもたらし、次のステップへと繋がる機会が訪れるのではないかと私は考えています。実際に、日本神経化学会には、大変光栄なことに、若手研究者セミナーという各研究分野を先導する先生との交流の場や若手道場という学生への発表の場を設けてくださっています。また、鍋島俊隆先生のご厚意によって設けられた鍋島トラベルアワードという制度があり、日本神経化学大会にて海外での研究成果を発表する機会にも恵まれています。昨年、幸運なことに私はこの鍋島トラベルアワードを受賞させて頂き、デューク大学での研究成果を第40回日本生物学的精神医学会・第61回日本神経化学会大会にて発表させて頂きました。このように、日本では若手研究者の海外留学から帰国までの支援が豊富に備わっており、選択肢も数多くあります。このような多くの海外留学への支援を上手く活用し、研究への夢や情熱を抱いて海外に飛び出し、これまでと異なる環境に身をおいてみるのも良いものと思います。海外には研究者としての経験をより豊かなものにしてくれる多くの仲間達、また人生に潤いを与えてくれる環境があります。このような掛け替えのない貴重な経験こそが、将来必ず日本にて研究を遂行する上で大きな宝物になると確信します。実際に、私も当初想像していたよりも多くのことを経験することができ、それによって私の研究に対する考え方が大きく広がったのではないかと思っています。また各国の研究者と交流を深めることで、異文化への理解、幅広い価値観が身についたように思います。このように、海外で研究をするということは、研究者としてのみならず、自分自身を見つめ直す良い機会となり、人としても大きく成長することができるように思います。今後、これらの海外経験を活かして、日本で様々な研究分野の方と積極的に研究に従事していきたいと思っております。また、アメリカで出会えた多くの研究仲間と今後も協力していき、日本の神経化学研究の発展に貢献していけるように尽力していきたいと強く思っています。

最後になりましたが、私に海外留学への機会を与えてくださった貝淵弘三先生、久永眞市先生に心より感謝申し上げます。また、留学先として受け入れて下さいましたScott Soderling先生、グリア細胞研究において多大なご助力を賜りましたCagla Eroglu先生に厚く御礼を申し上げます。最後に、本稿執筆の機会を与えて下さった澤本和延先生、海外留学を支援して下さった日本学術振興会並びに上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます。そして、私の海外留学を応援し、また支え続けて下さる家族に感謝を述べるとともに、私の「海外留学先から」とさせて頂きます。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 58(1): 45-51 (2019)

写真1 デューク大学のシンボル“Chapel”

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写真2 Soderling研究室。中央が筆者で、その左がScott Soderling先生

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写真3 Soderling研究室旅行

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写真4 共同研究者Cagla Eroglu先生のホームパーティーにて

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写真5 デューク大学のリトリートにて

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