ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 59(1): 20-22 (2020)
doi:10.11481/topics124

研究室紹介研究室紹介

熊本大学 大学院生命科学研究部 神経精神医学講座 ニューロサイエンス研究室

発行日:2020年6月30日Published: June 30, 2020
HTMLPDFEPUB3

熊本大学医学部の紹介

熊本大学医学部は、1896年創始と歴史が古く、細菌学者で慶応大学医学部の創設者である北里柴三郎など多くの研究者を輩出しています。医学部も含まれる大学院生命科学研究部は、日本で最初のエイズ学研究センター(現ヒトレトロウイルス学共同研究センター)や発生医学研究所を有し、医学・薬学・保健学の3部門13講座79研究分野からなる研究特化型の組織になっています。その中の分野の一つである神経精神医学講座は1904年に開講され、統合失調症やアルツハイマー病の死後脳研究、水俣病や三池炭塵爆発の調査研究、認知症の臨床研究など臨床精神医学を柱として診療・研究・教育を行ってきました。私は8代目の教授として2018年7月1日に赴任しました。私が熊本大学に赴任しようと思った大きな理由は、前述のように生命科学研究部の基礎医学分野が活発な研究環境の中で、トランスレーショナル研究がしやすいと考えたからです。実際、分子脳科学講座、微生物薬学講座、神経分化学講座、シグナル・代謝医学講座など、熊本大学の基礎の先生方との共同研究や交流の機会をこの短期間で与えて頂きましたことを、大変感謝しているところです。

自己紹介

研修医・大学院・留学時代

私は、広島大学医学部を卒業後、すぐに広島大学の精神神経科に入局し初期研修を終えると、こころを診る前に、身体も診よ、との方針でしたので、日本医科大学救命救急センターで救急医療の研修を行いました。その後、入局当初から精神疾患にアプローチするには研究、特に基礎研究が必要と考えていましたので、広島大学神経精神科の大学院に入学し(指導教官 山脇成人 広島大学名誉教授)、研究を行いました。山脇教授は着任されたばかりで、研究テーマにはほとんど口出しされず、自由な気風の中で、のびのび自分の発想で研究させてもらったのは非常に幸運でした。神経細胞のアミノ酸のカルシウムシグナリング解析を行い、神経ステロイドや抗うつ薬の影響を検討しました。また、臨床研究として、うつ病患者の血液サンプルを集め、血小板内カルシウム動態や神経ステロイドの血中濃度に関する研究も行いました。この時期の基礎と臨床研究を同時に行うスタイルが今の研究の原型となっています。大学院卒業後に、民間の精神科救急病院、広島大学病院助手として勤務しました。その当時は、臨床も今ほど忙しくなく、二刀流は今と比べると比較的しやすかったのですが、大学院に入学することで精神保健指定医の資格取得が遅れ、同期と比べて臨床能力が身に付くのが遅れるのではないか、葛藤を常に持っていたことを記憶しています。臨床経験を積むうちに、電気けいれん療法(ECT)と呼ばれる古典的な精神疾患の治療法があるのですが、その劇的な効果に興味を持ち、現在まで、ECTの整備・普及やメカニズムの解明、新しいニューロモデュレーション治療開発もライフワークの一つとしています。その後、神経ステロイドと抗うつ薬の作用を繋ぐ分子としてシグマ受容体に興味を持ち、先輩の紹介で、アメリカ国立衛生研究所・薬物依存研究部門(NIDA/NIH)のシグマ受容体研究で有名なDr. Tsung-Ping Su研究室に2000–2003年に留学する機会を得ました。得られた結果としては、抗うつ薬や神経ステロイドは、シグマ1受容体へ作用して、ラフトと呼ばれる細胞膜の脂質ドメイン内の神経栄養因子受容体の分布を変化させて、MAPKなどの細胞内情報伝達系を活性化し、神経突起の伸長を増強させるというものでした。

呉医療センター時代

帰国後は、2003年から広島県の国立病院機構呉医療センター・中国がんセンターへ精神科科長として赴任しました。臨床の最前線で、外来・病棟・リエゾン(他科への往診)、緩和ケアなど、若い精神科医、心理士と一緒に、様々な精神疾患の治療にあたり、忙しく大変苦労も多かったですが、現在の自分の臨床スタイルを確立することができました。その一方で、院内に臨床研究部という実験施設がありましたので、そこに出入りして、最初は広島大学薬学部出身の研究員や薬学部大学院生と一緒に、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)とうつ病に関する基礎研究を開始しました。広島大学薬学部との連携は、山脇教授も若いころ呉医療センターで共同研究をされていた流れがあったことから、非常に助けられました。実験結果から、気分障害にグリア異常があり、抗うつ薬がグリア、特にアストロサイトに作用して、症状を改善させているのではないかと考えるようになり、抗うつ薬のグリア標的分子を見つけることに注力しました。最終的には、脂質メディエーター受容体の一つであるリゾホスファチジン酸受容体1(LPA1)であることを同定しましたが、実に呉医療センターに赴任して、13年の月日がたっていました。その間、広島大学精神科の大学院生や広島大学教育学部心理からの大学院生も増え、うつ病の血液・髄液のバイオマーカー研究、ECT研究や、うつ病患者の集団認知行動療法プログラム(クレアクティブと命名)の作成もすることができました。また、グリアと精神疾患に関心をもつ研究者の会(サイコグリア研究会)なるものを立ち上げ、毎年各大学の持ち回りで行っております。

現在のニューロサイエンス研究室の立ち上げ

縁あって、熊本大学に赴任しましたが、前教授が神経心理・疫学研究を専門にされていたので、実験室がない状態からスタートしました。生物学的な研究をしているスタッフがほとんどいなかったので、臨床や会議の合間を縫って、自分一人で実験室を探し、整備するところから始めました。コメディカルの居室を実験室にしようと決めて、別の部屋に移動してもらって、電気・水道・ガスをあらためて引き、実験台を注文し、基本的な器具を少しずつ揃えていきました。セットアップのための資金がなく、同門会の先生方に寄付をお願いしました。2019年11月には、朴秀賢准教授を神戸大学から、2020年1月には梶谷直人学術研究員を呉医療センターから迎え、また、実験室がないにも関わらず大学院を希望してくれた2人の大学院生、テクニシャン1名、医学部生1名を加えて、ようやく2020年3月から実験が開始できるようになりました。しかし、この原稿を書いている5月5日の時点で、新型コロナ感染の非常事態宣言がさらに5月末までの延長が決定し、研究が中断しているのが残念です。

今後の研究テーマ

  1. (1) 前任地で発見したLPA1を標的とした気分障害のグリア創薬や、病因に基づいた診断マーカーの探索を行いたいと思っています。そのためには、今まで、病因に迫る研究が十分できていなかったので、動物モデル、遺伝子改変動物、患者サンプルを用いたトランスレーショナルな研究を通じて、グリア・神経・血管ユニットや回路異常を脂質やグリアエピゲノムの観点から明らかにしていきたいと考えています。
  2. (2) AMEDの支援をうけて、高齢者1万人のうつ病・認知症のコホート研究に参加していますので、大量の脳画像・血液・バイオデータを活用した、発症に関連するマーカーの探索を行います。
  3. (3) ECTや新しいニューロモデュレーション治療のメカニズム解明や開発を行います。

以上のような研究、あるいは前述したサイコグリア研究会に興味がある方は、竹林mtakebayashi@kumamoto-u.ac.jpあるいは、 https://www.kumamoto-neuropsy.jpまで、ご連絡頂ければと思います。

若い臨床医へのメッセージ

医学部は臨床・教育への比重が時代の要請と共に非常に高くなり、また、医師の臨床研修制度がはじまってからは、最初から基礎医学を目指す医師は皆無となりました。働き方改革など随分生活スタイルが変わってしまい、二刀流でがつがつ働く若い医師も少なくなりました。専門医などの資格を取ることや収入が価値判断の基準となり、若い医師にとって学位取得や研究に大きな意味を見出しにくくなっています。特に精神疾患は未知な部分が多く、研究にロマンがあり自由度も魅力です。それが患者さんに役立てばこれ以上の喜びはないのではないかと思います。自分のような生き方は、現在参考になるかどうかわかりませんが、医師人生は長いので、一時期だけでも研究をすることで臨床の厚みもできますし、論理的な思考ができる方は臨床も有能です。若い臨床医、精神科医には一生に一度でいいですので研究、特に基礎研究にも興味をもってもらえたらと思っています。

長文になってしまいましたが、このたびこのような、紹介の貴重な機会を与えて頂いた、日本神経化学会出版・広報委員会委員長の竹林浩秀先生に深謝申し上げます。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 59(1): 20-22 (2020)

写真1 熊本大学大学院 神経精神医学講座 スタッフ

前列 左から6番目が竹林 右隣が朴准教授

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 59(1): 20-22 (2020)

写真2 ニューロサイエンス研究室 メンバー

前列 左から梶谷、竹林、朴後列左から前田、古賀、都、吉浦

This page was created on 2020-05-26T10:01:02.446+09:00
This page was last modified on 2020-07-27T09:57:02.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。