神経化学 Bulletin of the Japanese Society for Neurochemistry

ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
〒160-0016 東京都新宿区信濃町35番地 国際医学情報センター内 c/o International Medical Information Center, Shinanomachi 35, Shinjuku-ku, Tokyo 160-0016, Japan
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(1): 31-35 (2021)
doi:10.11481/topics151

海外だより 〜独立篇〜海外だより 〜独立篇〜

北の国から2021

発行日:2021年6月30日Published: June 30, 2021
HTMLPDFEPUB3

はじめに

この度、神経化学の紙面をお借りして2020年10月から始まった私の研究室を紹介させていただく機会をいただきました。せっかくの機会ですので、フィンランドのヘルシンキにて独立に至った就職活動の経験の紹介もして、神経化学会の若手の皆様の参考になる話でも書けたらと思って筆を執っています。

ヘルシンキでの暮らし

ヘルシンキの魅力は何といっても自然がすぐそこにある生活ができることだと思います。ヘルシンキは港町ですので三方を海に囲まれています。ですので、ヘルシンキ市内の大部分からは海まで徒歩圏内です。海沿いは大体公園になっていますので、ちょっとした気晴らしの散歩に最適です(図1)。今年の冬は非常に寒く(フィンランド人からすると冬らしい冬)海に厚い氷が張りましたので、海の上を散歩することもできました。また、市内にはたくさんの公園や森が存在しています。毎週末のショッピングモールへの買い出しには森の中を通っていくのが、季節を感じることができるのでささやかな楽しみになっています(図2)。「ささやかな楽しみ」と書きましたが、これこそがフィンランドに住む上での秘訣になります。フィンランドは「幸せな国」ランキングの上位の常連ですが、それは日常の小さなことに幸せを見いだせる国民性のたまものだと思います。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(1): 31-35 (2021)

図1 春の海。ヘルシンキの海岸沿いからはきれいな景色を楽しめます

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(1): 31-35 (2021)

図2 冬の森。晴れた冬の日にはクロスカントリースキーをしに人々が森に集まってきます

この物質主義から距離を置こうとするフィンランド人の生活スタイルは、フィンランドという国の歴史的な背景があるように思えます。フィンランドは長い間スウェーデンとロシアの支配下・影響下にありましたが、第一次世界大戦後に独立しました。その後は周囲の国とのバランスを上手に取りながら独立を保ちました。第二次世界大戦後は東と西の両陣営にどっちつかずの立ち位置でしたが、政治・社会的にはソ連の影響を受けることが多かったようです。そのため現在でもフィンランドの社会システムは社会主義と資本主義の中間のような状況です。例えばスーパーマーケットの運営会社は国営、半国営、外資の三社しかありませんし、アルコール飲料は国の専売となっています。一方で、ある一定以上の所得への税金は高いですが、移民への無料の語学・職業訓練の提供(しかもちょっとしたお小遣いまでもらえる)などの施策により、取り残される人を作らない社会を目指しているところは評価できると思います。

北欧というと生活費が高いイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、家賃・外食・アルコール飲料を除けばそこまで高くはありません。必ずどこかには入れる保育園、小学校以上は無料の公共教育システム(含公立のインターナショナルスクール)など家族での生活にも非常によい環境となっています。これから海外で留学、ポスドク、独立などを目指す方はぜひフィンランドも検討していただけたらと思います。

ヘルシンキ大学HiLIFE

現在私が所属しているのはヘルシンキ大学傘下の独立研究所HiLIFEのNeuroscience Centerというユニットです。この研究所は組織としては比較的新しく、2017年に3つの独立研究所(Institute of Biotechnology, Institute for Molecular Medicine Finland, Neuroscience Center)を統合して作られました。2つのキャンパスに分かれており、ヘルシンキの東ViikkiキャンパスにはInstitute of Biotechnologyが、ヘルシンキの西のMeilahtiキャンパスにはInstitute for Molecular Medicine FinlandとNeuroscience Centerが医学部と大学病院と一緒に位置しています。そのような位置的なメリットもあり、Neuroscience Centerは医学研究寄りの基礎研究を行うのに非常に適した環境です。HiLIFEには充実した共通機器室があり、各種オミックスからイメージング、動物実験までやろうと思えばできないことはありません。フィンランドの中で名実ともにトップの研究所であるHiLIFEは非常に恵まれた研究環境にあるといえるでしょう。あえて難点を挙げるのならば、フィンランドはヨーロッパの辺境に位置しているということでしょうか。ほとんどの物品購入などは問題ありませんが、ちょっと特殊な混合ガスなどはフィンランド国内の在庫がなく、スウェーデンから取り寄せになるために、時間もお金もかかってしまいます。それ以外は、ヘルシンキ空港を起点としてヨーロッパ内は何処へでも行けますし(この点に関しては筆者が前住んでいたドイツ・ドレスデンよりも便利です)、現在はウェビナー等が充実してきたので、地理的な問題にはほぼ出くわすことはありません。

Neuroscience Centerはオープンラボシステムを取り入れているので、基本的な機器などは共有しています。これは研究室を立ち上げたばかりのグループにとっては非常に便利なシステムです。また基本的なバッファーなども提供されるのもありがたいです。

「ヒト脳の進化」という観点から疾患に取り組む

私の研究室は2021年5月現在、私と修士の学生一人の非常に小さなグループですが(図3)、いくつかのプロジェクトに取り組んでいます。大きな柱の一つはヒト脳の進化と細胞内代謝の関わりです。ヒトの脳、特に大脳新皮質は霊長類のなかで最も発達していますが、その増大した大脳新皮質の構築のためには神経前駆細胞が非常に多くの神経細胞を作り出す必要があります。すなわち神経前駆細胞の数の増大こそがヒト脳構築の基礎になっていると考えられます。では、どのようなメカニズムがヒト脳に特徴的な神経前駆細胞の数の増大を制御しているのでしょうか?神経前駆細胞の代謝制御こそがその問いに答えるための鍵であるとの考えのもとに我々は研究を進めています。現在はマウスとオルガノイドを実験モデルに使用しつつ、ヒト胎児脳も使用して実験しています。ヨーロッパのリベラルな国では、倫理委員会の厳密な承認の下、ヒト胎児脳の研究使用が可能でして、これは日本などに比べると利点であると思います。このヒト脳の進化メカニズムを解明することを目的とする基礎研究プロジェクトは、小頭症などの皮質形成異常の原因を明らかにすることにもつながりますし、更には脳腫瘍研究にも結び付きます。興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひとも博士課程の学生もしくはポスドクとして一緒に研究していきましょう!連絡をお待ちしています。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(1): 31-35 (2021)

図3 パーティー前のラボの学生さん。フィンランドでは4月30日の夕方から町中無礼講状態になります。学生さんが履いているのは所属しているFacultyの学生クラブのユニフォームです。このユニフォームに参加した学生パーティーのワッペンを縫い付けていき、最終的に下地が見えなくなるくらいまでパーティーワッペンコレクションをするのが学部と修士の学生の生活だそうです

独立するために知っておいてほしいこと(筆者が10年以上前に知っておきたかったこと)

さて、残りの紙面を使って研究者としてのキャリアをスタートしたばかりの方々にとって少しは役に立つかもしれないお話をしたいと思います。

どこの世界にもスーパースターのような人はいます。研究の世界もしかり、そのようなトップ1%の人は20代や30代前半から独立しガンガン活躍されていると思います。では、その他99%はどうするのか?個人的な意見を言えば、トップ1%の人たちだけでなく、その他99%の人たちがそれぞれに研究を展開していくことが多様性のある科学の進歩に寄与すると考えています。そのためには「その他99%の人たち」もできるだけ自分のラボ・グループを主催することが重要でしょう。すなわち「独立」です。

COVID-19パンデミックの影響を差し引いても、昨今の職探し事情は年々と厳しくなっているとの印象をもっておられる方は非常に多いのではないかと思います。「独立」を目標とするならば、ある一定以上の研究環境が担保されるならば場所にこだわらないことが重要かとも思います。アメリカのことはあまり詳しくはありませんが、ヨーロッパの一流研究所は1つのポジションに対して、最低でも500人ほど、中央値としては700-800人ほどの応募者がある印象を私はもっています。つまり、一流の研究所にて独立するのは非常に厳しいわけです。「そろそろ独立したいな」と思ってから行動し始めても、出遅れになる可能性が高いです。そして私自身は、非常に出遅れていました。「出遅れる」とはどのようなことを指すのでしょう?独立するために必要なのは1. 研究実績、2. 研究費や奨学金の獲得実績・展望、3. 研究ビジョン、4. 自己宣伝、の4点になります。以下にそれぞれの説明と、就職活動時での私の状況を記します。

  1. 研究実績
    • これが一番重要なポイントです。昨今の就職活動戦線においては、俗にCNSといわれる三大誌に筆頭著者で論文が掲載されている候補者が多いです。三大誌でない場合はその姉妹紙に複数論文を出している場合がほとんどだと思います。どこに出版したかというのは科学の本質ではないと思いますが、1000人ほどの応募者がある中での足切りにこのような表層的な研究業績が使われているのがまだ現状であると思います。私の就職活動時(2019年)での業績はよくもなく悪くもなく、といった状況で、決して強力なものではありませんでした。これが出遅れポイントその1。
  2. 研究費や奨学金の獲得実績・展望
    • 私がポスドクをしていたMax Planck Institute of Molecular Cell Biology and Geneticsは母体であるマックスプランク協会からの資金援助が十分すぎるほどあったので、研究費はいい研究をしたらついてくる、といった考え方のように見受けられました(ほかのMPIでは違うかもしれません)。ですが、ほとんどの研究所や大学では「カネ」が重要視されています。表向きはどこも「いい研究をしている人を雇います」といったポリシーですが、その意味は「こいつはいい業績がある→研究費が取れそうだ→採用したるか」といったところです。これを踏まえると、独立するにあたって一番いい方法は独立用の研究費の獲得です。ヨーロッパではERC starting grant(汎ヨーロッパ)、Emmy Noether Program(ドイツ)、Academy of Finland Fellow(フィンランド)などの独立用の研究費があります。これらを獲得している、もしくは獲得できそうだという状況ならば、独立ポジションを見つけることが比較的容易になってくると思います。そのために一番重要なのは「年齢」です。基本的に育児休暇や兵役などを除いて学位取得後7-9年が上限とされていることが多いです。ですので、ポスドクでいい仕事をしたら、すぐにそれらの研究費に応募することをお勧めいたします。極端な話、ポスドクとして7年かけて非常に素晴らしい仕事を完成させたとしても、独立用の研究費に応募資格がないというだけで独立の成功率が低くなってしまいます。この辺りは議論のある所だとおもいますが、これが現実です。では私はというと、日本でポスドク・特任助教、ドイツでさらにポスドク、と渡り歩いてきたおかげで、なんと学位取得後12年。箸にも棒にも掛からぬ状況でした。これが出遅れポイントその2。ただ、それなりの研究実績はあったので、通常の研究費の獲得が出来そうだと判断されたと感じています。
  3. 研究ビジョン
    • 一般的には今後5年間の研究展望をしっかりと評価されます。独立しようとされている方はどなたも面白く、インパクトのある研究計画をお持ちだと思います。しかし、ただそれだけでは採用に至らないでしょう。重要なのは応募先の研究所・大学の方針に合致した研究計画であることです。募集要項は言うまでもなく、研究所のHP、代表的な論文等を調べ、その中から核となるキーワードを理解し、研究計画に組み入れることが重要だと思います。また、採用する側に立って考えると、応募者は今後5年から10年ほどの同僚になるわけです。ですので、こいつは使えそうなやつだ、この技術が欲しい、といった共同研究につながりそうな内容である必要があると思います。ただ、自分の研究計画に合致した研究所が公募を出していることは少ないので、なかなか難しいところだとは思いますが。。。
  4. 自己宣伝
    • 自己宣伝といってもなんのこっちゃと思われるかもしれませんが、就職活動のすべての過程に自己宣伝が重要な役割を果たしています。第一に、応募書類は自己の宣伝文です。私の応募書類を同僚や知り合いのPIに見てもらったときによく指摘されたのが、「Don’t undersell yourself」ということでした。応募書類の中でも重要なカバーレターでいかに自分を売り込むか、言葉の使い方も含めて非常に勉強になりました。日本人にとっては「ちょっと言いすぎじゃない?」と感じるくらいがちょうどいい塩梅のようです。
    • 第二の自己宣伝の場面は面接です。晴れて面接に呼ばれたら、さらなる自己宣伝が必要になります。面接での発表は自信に満ちた態度で臨む必要がありますし、自分の研究成果・計画を簡潔かつ的確に伝える必要があります。これは通常の学会発表とは違ってなかなか難しいところでした。これも発表を同僚や知り合いのPIに聞いてもらい、コメントをもらい改善するといったことを何回も繰り返しました。最終的に当時のボスのWieland Huttnerが「面接準備の仕上げをするぞ」といって、彼の家で数時間にわたるセッションを2回行いました。2回目のセッションの終わりに、「俺のカンでは、Takashiはこのポジションをもらえる気がする。前祝だ」といってウィスキーを出していただき乾杯したことはいい思い出です。今になって振り返ってみると、もしかしたら、この暗示が成功の秘訣だったのかもしれません。
    • 自己宣伝とは少し異なりますが、応募時に必要なことが多い推薦状も重要な意味があります。ここで非常に強力な(日本人の感覚からするとちょっと盛りすぎな)推薦状を書いてもらえるかが重要になってきます。Neuroscience Centerへの応募時にはWielandと私の学位指導教官であった石龍徳先生(当時東京医大)にお願いいたしました。おそらく非常に強力な推薦状を書いていただけたと思っております。この場を借りて再度御礼申し上げます。

以上を踏まえて(そして自分自身への反省も含めて)、これから独立を目指す方々への「出遅れないため」のアドバイスを記したいと思います。1. 競争力のある業績を「学位取得後6年以内」に出す。2. 可能な限りの国際的なフェローシップ(HFSPなど)に挑戦する。最低でも日本国内のフェローシップは獲得すること。研究費もできるだけ獲得する。3. 可能ならば希少価値があり、多方面に応用可能な技術を開発・獲得しておく。4. 自己宣伝は練習に次ぐ練習で磨き上げる。周りの人間を巻き込み、助言をもらう。頼みごとをできる人間関係を作り上げておくこと。5. いい研究所だが、様々な要因で競争率が少ないところを狙う(フィンランドは寒いってことで選択肢に入れない人が周りに結構いました)。

学位取得前から独立への戦いは始まっています。これから活躍される皆様におかれましては、どうか戦略的に動き、万全の態勢で独立へ向けた就職活動にあたってほしいと願っています。

最後になりましたが、本稿執筆の機会を与えてくださった等先生に感謝いたします。また、今までご指導いただいた石龍徳先生、高坂新一先生、貝淵弘三先生、Wieland B. Huttner先生に重ねて御礼申し上げたいと思います。最後に東京、名古屋、ドレスデン、ヘルシンキと放浪の旅に付き合ってくれた家族に感謝して筆を置きたいと思います。

This page was created on 2021-05-31T16:53:36.364+09:00
This page was last modified on 2021-06-23T11:59:15.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。