ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(2): 81-85 (2021)
doi:10.11481/topics157

日本神経化学会奨励賞受賞者研究紹介日本神経化学会奨励賞受賞者研究紹介

脊髄変化を切り口とした慢性掻痒メカニズムの解明

九州大学大学院薬学研究院薬理学分野

発行日:2021年12月30日Published: December 30, 2021
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はじめに

かゆみ(痒み)は、皮膚や粘膜を掻きたいという衝動をもたらす不快な感覚である。痒みは、寄生虫や植物など外界の有害物が体表面に付着あるいは侵入した際にそれらを引掻くことで取り除くための自己防衛反応として、あるいは、疾患に伴って生じることで心身の異常を知らせるアラームとしての役割を果たすと推測されている。通常の痒みは一過性の引掻きと共に短時間で消失するが、アトピー性皮膚炎に代表されるアレルギー性皮膚炎症に伴う慢性的な痒み(慢性掻痒)は、強い不快感やそれに伴う引掻きが長期的に続き、それによって皮膚炎が悪化し、さらに痒みが増すといった悪循環に陥ってしまう(痒みと掻破の悪循環)。また、通常では弱い痒みと感じられる刺激に対して強い痒みを感じてしまう「痒み過敏」のような異常な痒みも認められる。このような痒みは、患者に肉体的・精神的ストレスを与え、QOLを著しく低下させる。特に、アトピー性皮膚炎は国民の1割が罹患し、患者を最も苦しめるのは痒みであると言われている。長引く激しい痒みは、思考力や判断力、集中力、意欲を奪い、勉学阻害や労働生産性低下の要因となる。アトピー性皮膚炎の患者は小児や働き盛りの20~40代の割合が大きく、そのためアレルギー性皮膚疾患による社会的損失は1か月あたり4000億円以上になると試算されている1)。これらのことから、慢性掻痒は適切に治療する必要がある。しかしながら、このような痒みの多くは抗ヒスタミン薬をはじめとする既存の治療薬が効きにくい。アレルギー性皮膚疾患患者を含む慢性掻痒患者は全世界で数千万人に上ると推定されていることから2)、メカニズム解明は急務の課題であるが、依然として不明な点が多い。

1. 痒み伝達経路

痒みは、皮膚に存在する一次求心性神経(無髄C線維)の自由終末がヒスタミンに代表される痒み刺激を受け取り、そこから生じた興奮が脊髄後角神経細胞に伝わり、最終的に脳の神経細胞に伝わることで認識される(図1)。従来、痒みは弱い痛みであると考えられてきた。しかし、2007年に脊髄後角神経細胞に発現するガストリン放出ペプチド受容体(GRPR)が3)、続いて2009年にGRPRを発現する神経自体が、痛み伝達には関与せず、痒み伝達特異的に関与することが示された4)。これらの発見をきっかけにその後、心房性ナトリウム利尿ペプチド受容体(NPRA)陽性の脊髄後角神経や5)、Mas関連Gタンパク質共役型受容体A3(Mrgpr A3)陽性の一次求心性神経など6)、複数の痒み特異的神経及び受容体が見出された(図1)。これらの研究から、現在では、痒みは痛みとは異なる神経経路で伝達されると考えられており、通常時の痒み伝達の神経基盤は徐々に解明されている。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(2): 81-85 (2021)

図1 通常時の痒み伝達経路と脊髄後角の痒み特異的神経

2. 脊髄アストロサイトと痒み過敏

近年、通常の痒み伝達機構の理解が進んできた一方で、通常時には見られない「痒み過敏」などの慢性掻痒における特徴的な現象のメカニズムについては不明であった。従来、慢性掻痒研究は皮膚の免疫学的変化など末梢組織の変化に着目したものが主流であったが、それだけでは説明ができない痒み過敏現象も報告され7)、脊髄を含む中枢神経系の変化の可能性が指摘されていたが詳細は全くわかっていなかった。

そこで著者らは中枢神経系の変化を調べるために、アトピー性皮膚炎や接触性皮膚炎モデルマウスなどの慢性掻痒を発症したマウスの脊髄を解析したところ、慢性掻痒が発症した皮膚に対応する脊髄後角で、グリア細胞の一種であるアストロサイトが長期的に活性化していることを見出した。さらに、転写因子STAT3がアストロサイトで活性化しており、薬理学的あるいは遺伝学的にSTAT3を抑制すると、脊髄後角アストロサイト活性化と慢性的な痒み行動が抑制されることを発見した。また、このアストロサイト活性化は長期的な引掻き行動による物理的損傷によって生じた皮膚炎が原因となっており、活性化アストロサイトは痒みと掻破の悪循環の一端を担っていることもわかった8)

痒み過敏における脊髄活性化アストロサイトの関与を確かめるために、慢性掻痒モデルマウスの脊髄腔内に脊髄の痒み物質であるガストリン放出ペプチド(GRP)を投与し、痒み行動を観察したところ、STAT3依存的な活性化アストロサイトはGRPによって誘発されるGRPR依存的な痒み行動を増強していることがわかった。その後、慢性掻痒モデルマウスの脊髄における発現遺伝子の網羅的解析から、慢性掻痒時にアストロサイトSTAT3依存的に発現増加する物質としてリポカリン2(LCN2)を特定した。アストロサイト選択的にLCN2の発現を抑制すると、慢性掻痒モデルマウスの引掻き行動が抑制されることや、LCN2が痒み特異的シグナルであるGRPRシグナルを増強することで痒み行動を増強していることもわかった8, 9)図2)。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 60(2): 81-85 (2021)

図2 本研究で明らかになった慢性掻痒メカニズム

これらの結果から、慢性掻痒時には活性化アストロサイトが脊髄レベルの痒み過敏を引き起こし、慢性掻痒の悪化に寄与していることが示唆され、慢性掻痒時の脊髄変化の重要性が初めて示された。

3. 慢性掻痒時に脊髄GRPRシグナルを介して痒みを引き起こす起痒物質とその受容体

慢性掻痒時には脊髄GRPRシグナルが増強されていることが示されたことから、皮膚において脊髄GRPRを介して痒みを惹起する痒み物質(起痒物質)が存在すると考えられる。これまでに、GRPRシグナルを活性化する末梢の起痒物質として、肥満細胞の脱顆粒を誘導するcompound 48/80やMrgprA3に作用するクロロキン、PAR2のアゴニストペプチドが報告されているが3)、前二者は人工物であり、内因性の物質についてはあまりよくわかっていない。

そこで、内因性の起痒物質を特定するため、最近、痒み特異的な一次求心性神経の亜集団として同定されたMrgprA3陽性一次求心性神経に着目し6)、同神経に発現していることが示されていたP2X3受容体(P2X3R)の関与を検討した。P2X3RはATP受容体の一種であり、全身の中でも特に皮膚に終末が存在する一次求心性神経で高発現していることが知られる10)。P2X3Rの内因性アゴニストのATP及び選択的アゴニストをマウスに投与すると痒み行動の増加が見られ、選択的アンタゴニストによって抑制された。さらに、MrgprA3陽性神経の活動抑制やGRPR欠損によってP2X3R依存的な痒みが抑制された。また、アトピー性皮膚炎モデルマウスの一次求心性神経においてP2X3Rの発現が増加しており、P2X3R選択的アンタゴニストの皮内投与によって同モデルマウスの慢性的な痒み行動が抑制されることもわかった。ここから、皮膚でのATPはMrgprA3陽性の一次求心性神経に発現するP2X3Rに作用し、脊髄のGRPRシグナルを介して痒みを惹起する内因性の起痒物質の一つであり、慢性掻痒にも関与することが示唆された11)図2)。

4. 脊髄アストロサイト長期的活性化における一次求心性神経及びカルシウムシグナルの影響

先述の研究で、慢性掻痒時の脊髄後角アストロサイトの活性化には引掻き行動による物理的損傷によって生じた皮膚炎が関与していることが示された。皮膚と脊髄は直接繋がってはおらず、一次求心性神経を介して繋がっている。一次求心性神経C線維の一部を除去したところ、脊髄アストロサイトの活性化が抑制されたことから、一次求心性神経で発現する物質がアストロサイト活性化に関与していることが示唆される8)

脊髄アストロサイト活性化はSTAT3依存的に起こっていることを踏まえ、STAT3活性化に関わる物質の発現を慢性掻痒モデルマウスの後根神経節(DRG: 一次求心性神経の細胞体が集積)で調べたところ、末梢炎症において主要なSTAT3活性化因子であるIL-6が発現増加していることを発見した。一次求心性神経選択的なIL-6の発現抑制により脊髄アストロサイトのSTAT3活性化及び慢性的な痒み行動が抑制された。また、培養細胞を用いた検討から、IL-6はアストロサイトのSTAT3の長期的活性化を誘導し、この長期的活性化は一般的な一過性のSTAT3活性化経路とは異なり、1型IP3受容体(IP3R1)やTRPCチャネルといったカルシウム動態関連因子を介することも判明した。IL-6を脊髄スライスに処置すると、アストロサイトでIP3R1/TRPC依存的な微弱で持続的なカルシウムシグナルが観察された。慢性掻痒モデルマウスの脊髄後角アストロサイト選択的にIP3R1の発現を抑制、あるいは薬理学的に脊髄TRPCチャネルを阻害することで、アストロサイトのSTAT3活性化と慢性的な痒み行動が抑制された。この研究によって、慢性掻痒時のアストロサイトSTAT3の長期的活性化は、一次求心性神経で発現増加したIL-6が、IP3R1/TRPC依存的な微弱で持続的なカルシウムシグナルを介して誘発されていることが示唆された12)図2)。

おわりに

従来の慢性掻痒に関する研究は、皮膚における免疫学的変化にその焦点がおかれていたが、本研究では神経系、特にグリア細胞の変化に着目し、そこから研究を展開し新たなメカニズムの発見に繋がった。また、慢性掻痒時のグリア細胞の活性化には皮膚炎症や一次求心性神経の変化が関与し、かつ神経損傷とは無関係であることから、皮膚炎症と中枢変化の深い関わりやグリアの新たな活性化メカニズムを示したと言える。今後、皮膚、一次求心性神経及び脊髄の相互の連関を含め、さらに研究を展開していけば、慢性掻痒メカニズムの更なる理解及びそれに基づいた診断・予防法あるいは治療薬創出に寄与することが期待される。

アストロサイトのSTAT3の長期的活性化は慢性掻痒だけでなく、脳外傷やアルツハイマーなど様々な神経疾患で認められており、本研究によって従来のSTAT3活性化に寄与するシグナルとは異なるカルシウムシグナルとの関連が初めて明らかになったことで、様々な中枢神経疾患の病態メカニズムの理解に繋がる可能性がある。さらに、従来アストロサイトのカルシウムシグナルに重要だと示唆されてきたIP3R2ではなくIP3R1が選択的に寄与するケースが初めて判明したことで、アストロサイトのカルシウムシグナルの全容とその役割についても新しい視点を与えたと考えられる。

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介いたしました研究成果は、九州大学大学院薬学研究院薬理学分野で得られました。多大なるご指導を賜りました津田誠教授に厚く御礼申し上げます。井上和秀名誉教授には温かいご助言をいただきました。心より感謝申し上げます。また、研究遂行にあたり様々なご助力を賜りました古江増隆名誉教授(九州大)、岡野栄之教授(慶応大)、審良静男教授(大阪大)、Xinzhong Dong教授(ジョンズホプキンス大)、倉石泰名誉教授(富山大)、安東嗣修教授(金城学院大)、御子柴克彦教授(上海科技大)、西田基宏教授、中原剛士准教授(九州大)、蜂須賀淳一上級講師(グラスゴー大)、中原真希子講師(九州大)、そして九州大学薬理学分野の皆様に深く感謝申し上げます。最後に、本稿執筆の機会を与えて下さいました日本神経化学会優秀賞・奨励賞選考委員の先生方、関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

引用文献References

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