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2020年3月1日付けで、広島大学大学院医系科学研究科(歯学)細胞分子薬理学教授に就任いたしました、吾郷 由希夫(あごう ゆきお)と申します。僭越ながら本紙面をお借りして会員の皆様にご挨拶申し上げます。
私は大阪大学薬学部の出身で、同大学院薬学研究科にて博士号を取得いたしました。当時の所属研究室は、大学院重点化に伴って1998年に設置されました複合薬物動態学分野(2010年に薬物治療学分野に名称変更)でしたが、研究室の松田敏夫教授(現、大阪大学名誉教授)は、同研究科の神経薬理学分野のご出身であり、広島大学歯学部歯科薬理学教室(当時)の第二代教授であられました土肥敏博先生(現、広島文化学園大学教授)と同門でございます。私自身は、土肥先生より直接にご指導を賜ったわけではございませんが、教育・研究の世界では、こういったつながりやご縁があり、それは、いまの大学学部生・大学院生にとっても同じだろうと感じます。日本神経化学会大会・学術集会、若手研究者育成セミナー等での色々な出会い、交流は、次代を担う若手研究者にとって、非常に重要で貴重なものになっていると思います。
広島大学歯学部は、昭和40年(1965年)4月に設置され、1968年4月に歯科薬理学講座が開設されました。初代辻本明教授(1968年11月~1991年3月)、第二代土肥敏博教授(1991年6月~2008年3月)、第三代兼松隆教授(2009年2月~2019年3月)を経て、第四代教授として吾郷が着任しました。この間2012年4月に、教室が歯科薬理学から細胞分子薬理学に改称されています。私は薬学部薬理出身のため、同じ薬理学領域ではあるものの、歯学部での教育・研究の環境(カルチャー?)の違いに、着任後しばらくの間戸惑いました。また、COVID-19が指定感染症に指定された直後の赴任で、その後緊急事態宣言が発出され、講義・基礎実習のオンライン、オンデマンド対応に追われ、あっという間に一年目が過ぎ去ったことを思い出します。広島大学には日本神経化学会所属の先生方が多くおられ、多方面から叱咤激励と温かいご支援を頂き、改めて厚く御礼申し上げます。広島大学歯学部は、2011年度より、学術交流協定を結んでいるアジアの歯学部から特別聴講学生を迎えて国際歯学コースを開始しています。本コースに所属する留学生は、2年生前期から広島大学歯学部の日本人学生とともに3年6か月の間、専門教育を受けます。コース全体(講義・実習)を日本語と英語の両方で行うため、私のような新任教員にとっては非常に大変なスタートでしたが、今では何とかなっている、ように思います。非常に良い点は、学部4年生から約1年半の間、留学生も日本人学生と同様に希望の研究室に配属され、研究実習を受けることになっており、現在研究室にはカンボジア・インドネシア・ベトナム出身の留学生がいます。国際色豊かな環境で、日本人学生、そして私を含め教員も刺激を受けながら教育・研究を進めているところです。
さて、日本神経化学会との出会いを含め、自身のこれまでと現在の研究について少しご紹介させて頂けますと幸いです。大阪大学薬学部4年生で研究室に配属された時から大学院博士課程への進学を決めていた私は、行動薬理と脳マイクロダイアリシス法に興味をもち、当時研究室が企業と共同開発していた選択的セロトニン1A受容体アゴニストの中枢作用に関するプロジェクトに参画させて頂きました。マウスのprefrontal cortexでの細胞外ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリン量のリアルタイム測定系を立ち上げたばかりで、HPLC-ECDでの分離条件や検出限界、ベースラインの安定化の問題があり、なかなか実験がうまく進まず、一瞬で修士課程が過ぎ去りました。そうしたなかで、2003年9月に新潟で開催された第46回日本神経化学会・第41回日本生物物理学会合同年会が、本学会での初めての発表になりました。プレシナプス、ポストシナプスセロトニン1A受容体の感受性の差とマウスの行動変化における役割を、モノアミン遊離の面から解析した結果でしたが、中枢神経系に対する薬理作用を神経化学的側面から支持する、または実証することの重要性を学ぶ機会となりました。大阪大学薬学研究科では助手、助教、准教授として15年間、中枢神経薬理と薬物動態学を基盤とした教育・研究に従事し、在職中にはvisiting scholarとしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校(精神医学/生物行動科学部門:James A. Waschek教授)に2年半滞在しました。留学時には、米国神経化学会(ASN)に入会し、2014年3月にカリフォルニア州ロングビーチで開催された第45回神経化学会議で発表し、神経化学領域の多くの研究者に会い、議論することができました。
現在は、高次脳・精神機能に作用する分子・神経回路と薬の仕組みの解明を目標とし、様々な行動薬理学・分子生物学・神経化学的手法等により研究を行っています。特に最近では、統合失調症の発症に強い影響力を持つコピー数多型(copy number variants: CNVs)に興味をもち研究を進めています。病因・病態の分子メカニズムの解明に加え、創薬を推進するため、ドラッガブル(druggable)な標的分子を探索し、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide: PACAP)と血管作動性腸管ペプチド(vasoactive intestinal peptide: VIP)の受容体であるVIPR2の選択的アンタゴニストペプチドを創製しました。VIPR2遺伝子は、ヒト染色体7q36.3領域に存在し、その重複が統合失調症と強く関連することが示されています。私自身はマウスでの研究が主ですが、VIPR2アンタゴニストペプチドの新規統合失調症治療薬としての開発研究を進めながら、精神疾患におけるVIPR2重複の意義と脳の各領域・細胞種毎のVIPR2の役割を、マウスモデルを使っての解析や重複をもつ患者由来iPS細胞を活用した研究(共同研究)等により明らかにしていきたいと思っています。
教室の構成員は、教授1名、助教1名のスタッフ2名体制ですが、臨床(歯科麻酔学、歯科矯正学)の教室から研究にきている博士課程大学院生2名、社会人博士課程1名、歯学科学部生1名、特別聴講生3名、薬科学科学部生1名と、総勢で10名在籍しています。まだまだ駆け出しの小さな研究室ですが、近く、日本神経化学会大会にて、当教室の学生が研究成果を発表できることを願っています。現在、一緒に研究を行っていただける大学院生を募集しています。興味のある方はお気軽に吾郷(yukioago@hiroshima-u.ac.jp)までご連絡ください。
最後になりましたが、この度の執筆の機会を頂きました出版・広報委員会委員長の等 誠司先生をはじめ関係の先生方にこの場をお借りして御礼申し上げます。また、日本神経化学会の先生方には今後ともご指導ご鞭撻のほどを何卒よろしくお願い申し上げます。
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