ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 61(1): 47-51 (2022)
doi:10.11481/topics173

海外留学先から海外留学先から

アメリカ南部ヒューストンでの研究生活

Baylor College of Medicine, Department of Neuroscience

発行日:2022年6月30日Published: June 30, 2022
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はじめに

私は現在アメリカテキサス州ヒューストンのBaylor College of Medicine, Matthew Rasband研究室にResearch Assistant Professorとして留学をしている小川優樹と申します。私は2018年の6月にポスドクとして渡米し、2021年12月からはResearch Assistant Professor(仕事内容はポスドクとほとんど同じ)として仕事をしています。もうすぐ留学をしてから5年目になりますが、これまでの経験を「海外留学先から」として執筆させていただきたいと思います。

大学院生活と留学までの経緯

私は星薬科大学の6年制薬学部の課程を修了後、博士課程では東京慈恵会医科大学再生医学研究部に所属し、岡野ジェイムス洋尚教授の指導のもとで博士号を取得しました。岡野ジェイムス教授は研究者として11年間アメリカで過ごされた経歴を持ちます。お昼時にはラボのみんなで食堂でご飯を食べるのが習慣でしたので、そこで聞くアメリカでの研究生活の様子にとても魅力を感じていました。私は大学院ではHu(Elavl)というRNA結合タンパク質の研究をしていました。Huタンパク質は脳内で豊富に発現しており、特定の配列を持つmRNAの発現量と選択的スプライシングに影響を与えます。また、その機能障害はアルツハイマー病に関連することが報告されています。そしてHuのノックアウトマウスの研究を行う中で、実際にこのマウスが神経変性症状を呈することがわかりました。Huの機能低下と神経変性の発症に関連する因子を解析していく中で、私は現在の研究対象でもあるAnkyrinGという細胞骨格系タンパク質に注目をするようになりました。研究を進めると面白いデータがでてきましたが、その解釈などを深くディスカッションできていませんでした。そこで日本人で関連する研究をしている方を探したところ、私の現所属であるMatthew Rasband研究室に留学されていた、大阪大学の吉村武先生を知りました。吉村先生にメールですぐに連絡をし、その後大阪大学へ行って直接研究の話をする機会を頂きました。自分の研究について、これほど詳しく議論できることはこれまでになかったので、非常に楽しいひとときだったことをよく覚えています。さらにその時、International Society for Neurochemistry(ISN)のAdvanced School(2017年)にMatthew Rasband教授が参加するということを聞きました。ISNのAdvanced Schoolとは、各国から50人くらいの若手研究者が集まり、約5日間をかけて行われる合宿のことです。そのときには学位取得の時期も迫っており次のポジションについても考えていたので、実際にRasband教授に会って研究の話と留学の話をしてみたいと思いました。そして、Advanced SchoolでRasband教授に留学の話を相談したところ、かなり前向きな返事を頂きました。そのため博士取得後の進路については他の候補を考えることはありませんでした。その数ヵ月後、ヒューストンのBaylor College of Medicineにて現地でのインタビューを受けました。5日間ほどの滞在の中で、ラボメンバー全体への研究発表に加えて、メンバー1人ずつからそれぞれのプロジェクトについて話を聞きました。夜にはラボメンバーに食事に連れて行ってもらいました。慣れない英語でのソーシャルなイベントはとても緊張しましたが、直前にISNのAdvanced Schoolで英語の合宿をしていたのは良い経験だったと思います。その後、留学の話は順調に進み、2018年6月から留学をすることができました。海外留学におけるフェローシップの取得ですが、Rasband教授からは「必要ではない」と言われたので、何も応募しませんでした。

ちなみに、博士課程最後の1年間は下記のようなスケジュールでした。

  • 2017年8月:ISNでRasband教授に会う
  • 2017年10月:論文を投稿
  • 2018年1月:アメリカでのインタビュー
  • 2018年2月:投稿していた論文が受理
  • 2018年3月:学位審査
  • 2018年6月:留学

非常にきついスケジュールで大変でしたので、そうならないような準備をおすすめします。逆にいうと、こんなスケジュールでもなんとかなるので、今博士課程でつらい方も諦めずに頑張ってください。

ヒューストンでの生活

私が留学しているBaylor College of Medicineは、アメリカ中南部の街、テキサス州ヒューストンにあります(写真1)。ヒューストンはNASAのジョンソン宇宙センターがあることで有名で、観光名所になっています(写真2)。またヒューストンには世界最大の医療研究機関の集積地であるテキサスメディカルセンターがあり、Baylor College of Medicineはその中に所属しています。ほかにはMD Anderson Cancer Center, University of Texas, Rice College, Texas A&M Universityなどの大学が都市一体にひしめき合っており、大学間での共同研究も盛んです。ヒューストンはアメリカ南部の街らしく、「古き良きアメリカ」という雰囲気を感じます。名物料理にはバーベキュー(旨い!)やメキシコ料理(旨い!)があります。生活するにはどこに行くにも車が必要です。私は日本ではペーパードライバーでしたが、アメリカに来て運転できるようになりました。気候は大まかに言えば東京に近いのですが、平均気温が5–10°Cくらい高いイメージです。例えば1月でもパーカー1枚で外に出られる日もあります。海から近いので海水浴や釣りもできます。特定の公園には野生のアリゲーターが生息しており、時期によってはアリゲーターの赤ちゃんを見たりできるのも、自然が豊かなテキサスの良さだと思います(写真3)。また広大な農場でのいちご狩りやブルーベリー狩り、ハロウィンイベントなどを楽しむこともできます(写真4)。公園も多いので、子供と遊ぶ場所もたくさんあります(写真5)。家賃はカリフォルニアやニューヨークと比べるとだいぶ安く、ポスドクの家計には優しいです。ヒューストンは人種の多様性が高い場所としても知られています。また温暖な気候のためか、心の暖かな人が多いです。そのため人種差別のようなことを感じたことはありません。歩いているときやエレベーター内などで気軽に話しかけてくる人も結構いるので、慣れるまではびっくりしました。日本から研究留学にきている人も多く、日本人研究者のコミュニティもあります。

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写真1 Baylor College of Medicineのメインビル。建物正面の噴水が特徴的

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写真2 NASAジョンソン宇宙センターの見学ツアーに参加

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写真3 Brazos Bend State Parkにいる野生のワニ

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写真4 農場でハロウィンイベントに参加。写真中央に筆者、妻、息子

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写真5 大学近くのHerman Parkでは毎週末コンサートが行われる

Rasband研究室

Rasband研究室は2002年に発足しており、その当初から常に1–2人の日本人がポスドクとして所属しています。そのためボスのRasband教授は日本人をよく理解してくれており、留学直後の下手な英語でもしっかりとコミュニケーションをとってくれました。Rasband教授は、学生・ポスドクとは常にフランクに接してくれて、研究のことでも私的なことでもいつでも相談に行くことができます(写真6)。とても人格者であり、将来自分もこうありたいと思える尊敬する先生です。研究室には、現在Research Assistant Professor 2人、ポスドク4人、学生5人、テクニシャン2人がいます。国際色は豊かで、アメリカ人、中国人、台湾人、ドイツ人、インド人、レバノン人など色々な人が所属していました。基本的にラボにコアタイムはなく、どれだけラボにいたかよりも、きちんとデータを出していることが重視されます。週1回のプログレスミーティングと、週1回のジャーナルクラブに加えて、週に1回Rasband教授と1対1で1時間ほど話す時間があります。

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写真6 ラボの装飾を楽しむRasband教授

Rasband研究室での研究

現在私が研究の対象にしているのは、軸索起始部(Axon initial segment)とランビエ絞輪です。これらは有髄神経の軸索のミエリン鞘に囲まれて“いない”部分を指します。ナトリウムチャネルが高密度に集積する場所として知られており、跳躍伝導が起きる根本的なメカニズムに関係しています。他にもいくつかの機能が知られていますが、これまでに知られている関連タンパク質のみではそのすべてを説明することはできないこともわかっています。そこで当研究室では、近位依存性ビオチン標識法(BioID法)を用いて、部位特異的なプロテオミクス解析を行い、関連タンパク質の網羅的な検出を行っています。私のメインの研究は、このようにして得られた候補のバリデーション及び機能解析です。この分野では、第一にタンパク質の局在解析が重要になります。そこで、ハイスループットな局在解析法として、CRISPR/Cas9を用いた非相同末端結合を利用した遺伝子ノックイン法(HITI法、HiUGE法、ORANGE法)をラボで立ち上げました。この手法によって、現在では数十種類のタンパク質の局在を数週間の内に同時に調べられるようになっています。次に行うのが機能解析です。タンパク質の機能解析法としては、shRNAを用いた方法やCRISPR/Cas9を用いた方法が知られていますが、ニューロンを対象として効率的にスクリーニングをする方法はあまり確立されていませんでした。そこで私はCRISPR/Cas9とアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を組み合わせることで、培養ニューロンにおけるノックアウトスクリーニングを効率的に短期間で行えるプラットフォームを構築しました。このように、スクリーニング、バリデーション、機能解析を短期間で高効率に繰り返すことで、軸索起始部とランビエ絞輪のより詳細な機能解析を進めています。

ラボアクティビティ

以前は年に1回Rasband教授の家でホームパーティーが開かれていました。ほかにも、Neuroscience departmentリトリートとして、リゾート地のホテルで1泊2日の(無料の)合宿がありました(写真7)。最近はコロナの影響でどちらも中止になってしまい残念ですが、近々再開されることを願っています。その代わりとしては、みんなで野外で食事をしたり(写真8)、みんなでゴーカートに行ったりしたのは良い思い出です(写真9)。

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写真7 Neuroscience departmentリトリート(2019年)

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写真8 Abhijeet Joshi(写真前列の右から3番目)の独立祝いの食事会。Congrats!

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写真9 ラボアクティビティーのゴーカート。写真中央の旗を持っているのがRasband教授。左から3番目が筆者

生活の苦難

アメリカでの生活は楽しいことだけではなく、大変なこともたくさんあります。まず思い当たるのは医療保険です。私は薬学部で薬剤師の資格をとったので、日本の医療システムには比較的詳しいと思っています。しかしアメリカのシステムは日本とは全く異なります。例えば日本では、医療機関を受診する際はその場で支払を済ませます。しかしアメリカではその場での支払に加えて、数ヵ月後に追加の請求が届きます。内容も「これは病院への支払い分」「これは麻酔をしたことへの支払い分」「Deductibleはこの額」「Co-payはこの額」など、この支払がなぜ発生しているのかよくわからないことがままあります。次に、2021年2月には、100年に1度というレベルの猛烈な寒波がアメリカを襲いました。その際には、多くの家で電気や水道が数日間使用できないという自体に陥りました。さらに、ヒューストンは海に近いため毎年ハリケーンがきます。これ自体は東京の台風とそれほど変わりませんが、地形的にヒューストンは平地であるため、浸水の被害が出やすいです。2017年のハリケーン・ハービー(私が留学する1年前)では、多くの家で浸水の被害がおきたそうです。

アメリカでの研究生活

大変なこともありながら、アメリカでの研究生活には魅力もあります。Rasband研究室では、NIHのグラントに加えて民間の助成金を獲得しているため、資金が非常に潤沢です。研究室には、倒立型顕微鏡が1台、正立顕微鏡が2台ありましたが、昨年には研究室専用に超解像度STORM/STED顕微鏡を購入しました。他にも実験に必要であれば新しい機器の導入がスムーズにできています。通常であれば共用施設に設置されるような様々な機器を、自分たちの研究室内で自由に使うことができるメリットは大きいと思います。また研究における共通言語は英語ですので、日常的に英語でのディスカッションを行い英語の表現力を上げていくことは、論文の質を上げるためにも重要だと思います。

最後に

Rasband研究室では毎年1人くらいポスドクを受け入れています。今回の話を読まれて研究室に興味を持たれた方がおられましたらぜひご連絡ください。また、今回このような留学体験記を書く機会を与えて下さいました、滋賀医科大学等誠司先生および自治医科大学山崎礼二先生、博士課程の指導をして頂きました東京慈恵会医科大学岡野ジェイムス洋尚先生、留学のアドバイスをしてくださいました大阪大学吉村武先生、そしていつも支えてくれる家族と妻と息子にこの場を借りて感謝申し上げます。

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写真10 筆者家族。鍾乳洞ツアーにて

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