ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 61(1): 57-59 (2022)
doi:10.11481/topics174

私と神経化学私と神経化学

神経化学会の若手研究者に望むこと

東北大学名誉教授

発行日:2022年6月30日Published: June 30, 2022
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1. 私と神経化学会

2017年東北大学主催で第60回日本神経化学会大会を主催して早いもので5年が経ちました。コロナ禍前の開催で、大変貴重な大会になりました。その際、日本神経化学会60周年祝賀会(写真)を開催できたことも学会にとって、さらなる発展の起爆剤になったと自負しています。参加していただいた先生、学生にお礼申し上げます。コロナ禍になって、学生にとって対面での学会発表がいかに大切かを思い知らされました。一方で、簡単には聞けない海外の著名な先生方の講演をWebオンラインで気軽に聞けることは会員にとって、メリットもあるのではないでしょうか。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 61(1): 57-59 (2022)

さて、私は神経化学との関わりは1980年に遡ります。いまも功労会員として参加しております。42年間お世話になっていることになります。この機会に少し、思い出を紹介します。1982年に宮本英七先生(熊本大学)の下でCa2+/カルモデュリンプロテインキナーゼII(CaMKII)をラット脳から精製し、論文を出すときの出来事です1)。分子量5万のサブユニットが12個会合したそれまでには報告のないユニークな酵素であり、なかなか英文科学誌にはアクセプトされないのではと不安でした。宮本先生に相談するとすぐに、カルモデュリンの発見者である垣内史郎先生を紹介していただき、熊本に来られた際に投稿について相談しました。その頃、垣内先生はJournal of Neurochemistry(JNC)のDeputy Editorをされており、投稿のアドバイスをいただきました。その後、JNCに投稿して、アクセプトされました。次のステップはCaMKIIの研究を科学界に認めてもらうことが必要です。その時に、自分をアピールする機会を得たのが神経化学会でした。その頃も発表は15分でディスカッションは10分だったと思います。神経化学会の特徴は進行が遅れてもディスカッションには時間をかけることです。その頃、よく質問をいただいた先生は加藤尚彦先生、植村慶一先生、佐武明先生、永津俊治先生、鍋島俊隆先生、東田陽博先生、芳賀達也先生、米田幸雄先生などで、学会の重鎮の先生方はかならず1番前に陣取って、若手を鍛えてくれました。その伝統は現在の学会で行われる若手道場に受け継がれていると思います。そのような学会は少なくなっているのではないでしょうか。若手道場は口演時間も長く、学生にとっては貴重な機会ですので大切にしてほしいと思います。

2. 若手研究者に望むこと

若い人にとって重要なのは研究費の獲得ではないでしょうか。研究費の獲得でアドバイスするとしたら、科研費の審査ではやはり、申請者の顔が浮かぶかどうかです。さらに言うと学会発表でしっかりとアピールできているかと言うことだと思います。コロナ禍で対面での学会に参加する機会は減りましたが、オンラインでも良いので是非参加してください。私自身は1981年から神経化学会に参加し、多くの先生方と討論する機会を得ました。1993年から「海馬でのグルタミン酸受容体刺激によるシナプス伝達長期増強の分子機構」で特定領域研究に参加することができました2)。これも神経化学会で三品昌美先生に指導いただいたのが切っ掛けでした。いまでもテーマと名称は変わりましたが、特定領域研究は継続しています。班会議での研究交流はその後の研究展開に大きく役立ちました。学会で発表する時は、内容も大事ですがプレゼンテーションの準備が大切です。発表でアピールすることで研究費の採択率も上がると思います。研究の場が熊本大学から東北大学薬学研究科に移り、多くの学生を指導する立場になりました。若手道場や若手研究者育成セミナーでは研究室の学生とスタッフを育ててもらいました。特に、世話役として参加したスタッフはその後のキャリアアップに繋がっています。是非、若手研究者育成セミナーには積極的にスタッフとして参加してください。

次に研究費獲得に大事なことは多分野融合領域研究と国際交流により、研究の幅を広げることです。私はこれまで、神経化学会以外に、生化学会、薬理学会、神経科学会、脳循環代謝学会、神経学会とこれらの国際学会に参加してきました。特に、脳循環代謝学会、神経学会等の臨床医の学会では、基礎研究を超えて、脳疾患の治療法の現状と課題について学んできました。そこで、多くの共同研究のチャンスを得ました。現在でも自閉症、脳梗塞治療の領域で臨床研究に携わっています。

中国との共同研究も多く、毎年中国を訪問して気づいたことがあります。日本でも大学を中心にアカデミア発ベンチャー創出の啓蒙と教育が行われています。中国では40代で教授になりますが、私の行く浙江大学(中国では研究費獲得ではトップ5に入る大学)でも教授は45歳ぐらいで自分の技術をもとに会社を立ち上げます。大学近くには多くの企業が集まったリサーチパークがあり、企業との産学連携も活発に行われています。日本との違いは国がベンチャー育成の音頭を取るのではなく、省(県)単位で大学の研究をサポートし、豊富な資金を提供します。自分の研究に特許性、優位性があるのか、ビジネスに結びつくのか考えながら研究をすることが大切です。国の研究費の獲得でも目先の利益に結びつくものが優先され、時間のかかる基礎研究は難しいという批判もあります。しかし、ノーベル賞級の研究は別として、大学で研究を行う以上は研究から新しい技術創出と国民の健康福祉にフィードバックすることが重要です。裏話をいうと中国では45歳を過ぎるとノーベル賞級の研究以外は科研費を得ることが難しくなります。したがって自分の研究で特許を取得して、事業を立ち上げ、その事業から基礎研究費を得ています。日本でも、文部科学省だけでなく、厚生労働省、経済産業省、日本医療研究開発機構(AMED)などからもビジネスに繋がる研究は資金が得られますので、チャンスが広がります。私も東北大学に研究室を開いた頃から、ビジネスのことを考え、ヘルスサイエンスや製薬の企業とも共同研究を心がけてきました。確かに、報告書の作成や成果の公開などには制約があるので、学生には無理なこともあります。企業の情報管理の厳しさ、実験計画の企画、特にデータの統計解析処理などで苦労します。しかし、自分が目指す企業の実情を学生時代に学ぶことができます。いまでは卒業後にすぐに起業する学生も出てきています。私も退職後に創薬事業で起業しました。認知症の根本治療薬シーズSAK3は神経細胞のCaMKIIの活性化を介して、変性タンパク質を分解するプロテアソームを活性化します。その結果、アルツハイマー病マウスでは疾患原因であるアミロイドβプラークを分解し3)、レビー小体病マウスではα-synuclein凝集体を分解します4)。一方、レビー小体型認知症と多発性硬化症治療薬シーズFABP阻害薬はα-synucleinの神経間伝播を阻害し、ミトコンドリア障害を抑制する疾患修飾治療薬です5, 6)。事業資金を得るためには、国内、国際で開催されるビジネスコンペで発表し、評価されることが大切です。やはりベンチャー企業代表は若くないと将来性がないと思われます。他のベンチャー企業の代表は30–40歳代です。私の事業では40歳代のアドバイザーをお願いしています。彼らは10年ほど企業で活躍し、早期退職後に経営学修士(MBA)を取得しています。大学でコツコツと教授をめざすことも大切ですが、専門教育のあとにMBAを取り、資金調達、事業運営、国際展開を学び、アドバイザーや会社役員として、ベンチャー企業に参画するのも面白い人生だと思います。この場合はコミュニケーション能力と人間力が勝負です。私もビジネスコンペでは若いアドバイザーからダメ出しを受けています。脳の老化防止に役立っているのではないでしょうか。

今回、神経化学会から学会での思い出をまとめる機会をいただきました。日本でもコロナ禍後、正常な日常を取り戻しつつあります。この機会に少し立ち止まり、将来を展望することも大切です。ベンチャービジネスでは革新性、創造性、成長性、リスク管理、多分野融合などが求められます。研究費の獲得に必要な条件と同じではないでしょうか。それにビジネス創造性を加えることでまた研究が楽しくなり、キャリアアップにも繋がると思います。

(2022年5月原稿受理)

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