ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 62(1): 5-7 (2023)
doi:10.11481/topics190

研究室紹介研究室紹介

広島大学大学院統合生命科学研究科 細胞生物学研究室

発行日:2023年6月30日Published: June 30, 2023
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神経化学会の皆様にご挨拶を申し上げます。広島大学大学院統合生命科学研究科にて研究室を主宰しております千原崇裕と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

私は2016年4月に広島大学理学研究科生物科学専攻(学部は理学部生物科学科)の教授として着任しました。その後2019年4月の大学院改組によって、現在は大学院統合生命科学研究科を担当しております。当研究室には私の他に、濱生こずえ准教授(哺乳類培養細胞を用いた細胞骨格制御研究)、奥村美紗子准教授(捕食性線虫P. pacificusを用いた神経遺伝学的研究)が所属しており、それぞれ独自の研究を展開しております。このように書くとそれぞれが独立して研究しているように見えますが、実際には異なる研究内容であってもお互いが密接に協力しながら研究を進めています。以下、本稿では私が主導する研究チームに関してのみご紹介させていただきます。

現在私は理学部に所属していることもあり、ショウジョウバエをモデル生物とした基礎研究を展開しています。実際の研究内容は多岐にわたっているのですが、その中心には「医学、農学への波及効果も意識しながら、生命現象の『なぜ、どのようにして』を理解する」という考えを据え、基礎研究に軸足を置きつつ社会需要も意識するようにしています。このように研究を進めている理由の一つとして、私自身の経歴が挙げられます。私の研究歴は熊本大学薬学部から始まります。当時、学部4年から修士2年生の間、ハムスター気管上皮細胞の分化様式に関わる転写因子の研究を行い、分子生物学的手法と薬理学を組み合わせた研究の面白さを叩き込まれました。アメリカ留学から帰ってきたばかりで血気盛んな甲斐広文教授(当時は助手)から「研究は面白いだろ!」と正に洗脳を受けたような感じです。また当時、隣キャンパスの医学部・相沢慎一教授の研究室にも出入りさせてもらい、毎日のように激しく研究議論(罵倒し合い?)している様子を見て発生学の面白さに目覚めました。次に発生学を学ぶならショウジョウバエだろうということで、博士課程からは国立遺伝学研究所の林茂生教授(現・理化学研究所BDR)の研究室の門を叩きました。ここは研究所と言うこともあり、林先生と学生(私)の距離が近く、毎日いろんな教えを頂きました(細かく書けないことが多いです)。この研究室には、後藤聡助手(現・立教大学教授)も所属しており、後藤先生とは「理学とは何か」「薬学とは何か」と言った議論を交わしたのを覚えています。当時の私は薬学一辺倒の偏った考えをもっていたようで、基礎研究の真の重要性に気づいていませんでした。後藤先生からは、ユーモアも交えつつ基礎研究の歴史や価値に関してご指導いただきました。実はこの時点まで、神経に関わる研究はしておりません。私は学位取得後には「違う分野の発生学」をやりたいと思い、当時、ショウジョウバエの遺伝学的モザイク法(MARCM法)を開発したスタンフォード大学Liqun Luo教授の研究室でお世話になることにしました。現在のLuo教授はマウスを中心とした神経科学分野の重鎮となっていますが、当時はショウジョウバエを用いた神経発生研究がメインテーマでした。Luo教授は研究に関して基礎・応用・理学・薬学ということには全く固執せず、重要な研究トピックに関して現時点でできることの「少しだけ先」を読む力に長けていたように思います。Luo教授はポスドクの私に毎日語りかけ、そして彼の哲学を示してくれました。今思うと、Luo教授との会話一つ一つに重要なメッセージが込められていたような気もします(昔話は美談になりやすいので勘違いかもしれませんが)。Luo教授の研究室で一定の成果を得ることができ、次にお世話になったのが東京大学大学院薬学系研究科の三浦正幸教授の研究室です。三浦教授は誰もが知るアポトーシス研究の重鎮です。三浦研究室で、私は助手から始まり准教授となるまで10年間お世話になりました。研究テーマの設定、学生との間合い、研究費獲得ノウハウを学び、そして何より研究者を生業とすることの楽しさを再認識させていただきました。また、三浦教授からは、神経化学会にも通じる「分子の言葉で神経疾患を理解する」という研究スタイルも教えて頂きました。以上のように私は、薬学(熊本大薬学6年)、理学(国立遺伝学研究所4年)、理学(スタンフォード大学4年)、薬学(東京大薬学10年)、理学(広島大で7年)と、薬学・理学を行き来することで、今の研究スタイル「医学、農学への波及効果も意識しながら、生命現象の『なぜ、どのようにして』を理解する」に至って研究室を運営しております。

次に私が指導するショウジョウバエチームの研究に関して説明いたします。ショウジョウバエチームの研究テーマは大きく5つに分けることができ、①嗅覚による個体生理調節、②嗅覚・味覚による行動制御、③膜タンパク質の膜トポロジー・分泌制御、④非嗅覚組織における嗅覚受容体の機能理解、⑤栄養と細胞がん化、となります。特に①~③が神経化学会に関係しますので、それらを簡単に説明いたします。

  1. 嗅覚による個体生理調節:ショウジョウバエと哺乳類の嗅覚神経回路は類似していることが知られています。特に一次ニューロン(Olfactory sensory neurons)が一次嗅覚中枢(Antennal lobeもしくはolfactory bulb)の各糸球体へ投射し、更に嗅覚情報は二次ニューロン(projection neuronsもしくはmitral cells/tufted cells)によって高次嗅覚中枢へ伝えられる過程の神経接続、情報処理に関する研究は多くあります。実際、私もこの神経回路における軸索・樹状突起ターゲティング、シナプスマッチングを研究してきましたが、現在は「嗅覚刺激が個体寿命や免疫系に与える影響の分子メカニズム」に研究興味をシフトしております。例えば、ショウジョウバエや線虫の嗅覚変異体は寿命が顕著に延長しますが、その分子メカニズムは殆ど分かっていません。このような状況において私達は、ある特定の嗅覚受容体を欠損した個体は飢餓ストレス応答に強くなり、自然免役システムが活性化することを見出しています。他にも個体寿命に影響する嗅覚受容体も同定しています。私達はこれらの研究を進めることで、嗅覚がもつ個体生理調節能とその分子的・神経回路的メカニズムを説き明かしたいと考えています。
  2. 嗅覚・味覚による行動制御:上記、嗅覚による個体生理制御を研究する上で見出した知見が元になった研究です。これまでに、特定の嗅覚と味覚を失うことで、ショウジョウバエ幼虫が“共食い”し始めることを見出しています。共食いとは、同種・他個体を捕食する行動ですが、本質的には種の繁栄のために理に適った生得的行動と考えられています。これまで倫理的観点から研究が難しかった“共食い研究”に一石を投じることができると期待しています。更に、カイコと、その祖先種であるクワコを用いて、味覚系が昆虫家畜化において果たした役割を理解するための研究も進めています。
  3. 膜タンパク質の膜トポロジー・分泌制御:一般に膜タンパク質は、小胞体の脂質二重膜へ挿入され、その後ゴルジ体を通過して形質膜へ運ばれます。このとき、膜タンパク質の“トポロジー(膜への挿入方向)”は非常に重要で、受容体や細胞接着分子は適切な方向に膜挿入されていないと機能することができません。私達は、筋萎縮性側索硬化症(ALS8)の原因遺伝子VAPB(ショウジョウバエオルソログはVap33)を研究する過程で、一旦生体膜に挿入された膜タンパク質のトポロジーが変化すること、さらにはトポロジー変化がVAPB/Vap33の細胞外への分泌に必須であることを見出しています。この研究を通じて、膜タンパク質のトポロジー制御および疾患との関わりについて研究を進めています。

以上に示した①~③に加え、がん細胞、腸管、生殖系列の研究も行っています。当研究室に所属する学生は、これらショウジョウバエチームの研究だけでなく、濱生チーム(哺乳類培養細胞)、奥村チーム(複数種の線虫)の研究も理解する必要があります。学ぶべき研究内容が多く、学生にとっては大変な環境です。しかし、基礎から応用、分子から個体・進化、正常発生から加齢性疾患まで、幅広く理解することのできる希有な研究室になりつつあると思います。

本稿で説明しましたように、これまで私は多くの先生方にお世話になりました。このご恩に報いるためにも、質の高い研究を進め、同時に志の高い学生を輩出することを目指していきます。最後になりましたが、このような執筆の機会を与えてくださいました出版・広報担当理事の澤本和延先生、山岸覚先生にお礼を申し上げます。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 62(1): 5-7 (2023)

2023年4月、研究室メンバーと桜の木の下で。筆者は後列右端

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