マックスプランク研究所での研究生活
浜松医科大学医学部器官組織解剖学
© 2023 日本神経化学会© 2023 The Japanese Society for Neurochemistry
私は2018年より日本学術振興会の海外特別研究員としてドイツ、ミュンスターにあるマックスプランク研究所のWiebke Herzog教授の研究室でゼブラフィッシュを用いた血管新生の研究を行っていました。その後、同研究室でポスドクとして雇ってもらい、2022年からはエルランゲンのフリードリッヒ・アレクサンダー大学に研究室ごと引越し、2023年に日本に帰国しました。現在は浜松医科大学医学部器官組織解剖学講座でイメージングを用いた血管研究を行っています。この記事が少しでもドイツへの留学を考えている方の参考になれば幸いです。
既存の血管から内皮細胞が出芽・伸長することにより、新たな血管ネットワークが形成されます。この時、内皮細胞はダイナミックに形態・運動能を変化させながら伸長します。私は血管新生過程の内皮細胞の形態形成・運動の制御機構に興味を持ち、ライブイメージングで細胞の形態・運動能やシグナル伝達を可視化することで、そのメカニズムを明らかにしたいと考えています。顕微鏡や蛍光プローブの進化により、時間空間的により高解像度での解析を行うことができるようになってきました。ゼブラフィッシュは胚が透明なため発生過程を生きたまま可視化しやすい、TolやCRISPR/Cas9による遺伝子改変が容易である、損傷後の再性能が高いため再生研究に有用である、などのメリットがあるモデル脊椎動物です。留学前からゼブラフィッシュを用いた血管内皮細胞の形態形成機構を解析しており、さらにその道を極めたいと思い、ドイツ、マックスプランク研究所のHerzog教授の研究室への留学を決意しました。
ドイツ連邦共和国は16の州で構成されており、ミュンスターはノルトライン-ヴェストファーレン州に属しています。プロテスタントとカトリックの三十年戦争を終結させるためにヴェストファーレン条約が締結された都市としても有名です。ミュンスターの人口は約30万人で、そのうち学生が6万人ほどいる活気に溢れた街です。研究者として留学している人以外にも、交換留学生や美術や音楽を学んでいる日本人も多くいます。おそらくミュンスターには200人ほど日本人がいて、年に一度の日本人会などで交流する機会がありました。大人になると自分とバックグラウンドの異なる人々と話す機会が少なくなるので、通常だと会えない人々と話すことができいい経験になりました。マックスプランク研究所はドイツにある最先端の研究を行なっている施設で、研究分野は多岐に渡り、国内、国外含めると約90もの施設があります。ドイツ人だけではなく、ヨーロッパをはじめ世界各国から研究者が集まり、日々活発な研究を行なっています。日本で言うと理研のような存在です。私が所属していたのはミュンスターにあるMax Planck Institute for Molecular Biomedicineです。研究所のディレクターの1人は世界の血管研究をリードするRalf Adams先生です。その中の1つであるAngiogenesisの研究室でHerzog教授の指導のもと研究を行なっていました。研究所には他にも2人日本人がおり、それ以外にもミュンスター大学に何人か日本人研究者がいました。たまに研究者同士で集まり、飲みながら研究の話やたわいもない話をして過ごすのは楽しい時間でした。
研究室の体制としては小規模のラボだったので、教授が1人、ポスドクの自分が1人、博士課程の学生が3人ほど、テクニシャンが1人、たまにラボローテーションで回ってくる修士課程の学生、の構成でした。小規模なため、お互いコミュニケーションが取りやすく、ゼブラフィッシュの飼育で問題が発生した時など情報共有がしやすくて助かりました。大規模なラボだと優秀なポスドクが何人もいる反面、ボスとディスカッションの時間が取りにくかったり、内部でのサバイバルが大変だったりと様々なメリット、デメリットがあるので、小規模なラボと大規模なラボどっちが向いているかは人それぞれだと感じました。研究室内では英語でコミュニケーションを取っていました。留学するなら英語をしっかりとマスターしてから行くべきではあったのですが、カタコトの怪しい英語だったので、ドイツ語の勉強をする前にまずは英語を仕上げるべきだと思い、留学中もオンライン英会話教室や語学センターの英語教室に通っていました。それまでに海外の学会に参加したことや、日本の研究室に来る海外の方と英語で会話したことはあったのですが、いざ全て英語での生活になるとうまく伝わらないことが多々あり、アルファベットを一つずつ正確に発音するところから勉強からはじめました。研究室のメンバーは寛容で、私の拙い英語でも理解しようとしてくれ、だんだんとコミュニケーションはスムーズになったのではないかと思います。ただし、自分の英語が上手になったのか、周りの人が私の英語のクセを理解してくれて言っている内容を推測してくれるようになったからかは定かではありません…
普段は研究室、スーパー、家の往復だったため、研究所の人以外と話す機会はあまり多くなく、挨拶程度のドイツ語でもなんとかやっていけました。もしスーパーや電車で相手の人がドイツ語しか喋れないとしても、周りの人が見かねて助けてくれる場面も多々ありました。独り身だとそれでもいいかもしれないのですが、家族で海外生活する場合、特に子供がいる場合は病院、保育園、学校などの理由で現地の言葉がある程度必要になってくると思います。子供が外でドイツ語を覚えてきて、家庭内でドイツ語で話しかけられることもあると伺ったことがあります。様々な国の人が集まるため、研究所内で回ってくるメールの多くはドイツ語に加え、英語での記載もあり大変助かりました。
マックスプランク研究所は研究者が自分の研究に専念できるようにサポート体制がしっかりしていて、顕微鏡やFACS、電顕などの共通機器には専用のスタッフが配属され、機器のメンテナンスをしてもらい実験の相談にも乗ってくれて、大変助かりました。私はゼブラフィッシュを使っていたのであまり利用する機会はなかったのですが、マウスの飼育舎はとても使いやすくなっており、ユーザーが研究室から交配のリクエストを出すと動物舎の担当の方が交配をしてくれるなど研究者の負担をできるだけ減らすような仕組みが作られていました。ドイツ、ヨーロッパに住むメリットの一つとして学会に参加しやすい点があると思います。もちろん日本国内の学会も素晴らしいのですが、各分野の有名な先生の話を聞こうと思ったら大きな国際学会に参加しなければいけないことが多いのではないでしょうか。その点ヨーロッパ内の学会では気になる先生の話を聞けるチャンスが多くありました。また会場内でビュッフェ形式の昼食、夕食が用意されていることがあり、普段だとなかなか話す機会の持てない先生に研究の話を聞いたり、自分の研究の紹介をするチャンスがあるのはありがたかったです。日本から海外に移動すると時差の影響で体力的に辛いことが多かったのですが、ヨーロッパ内の移動だと体力的にも負担が少ないのも助かりました。また、ドイツでは、学位取得後の比較的早い段階でジュニアPIとして自分の研究室を持つケースが多いなと感じました。一度大学のW2のポジションの面接を聞かせていただいたことがあります。候補者たちが自分の研究プロジェクトの発表と事前に決められていたテーマの授業を行ったのですが、授業を聞き比べてみると同じ内容にも関わらず、話の展開や面白さが人によって全く異なっており、いかに学生に興味を持ってもらえる授業をするのか改めて認識させられました。普段、授業の聞き比べをする機会などないので勉強になりました。
ドイツでは基本的に滞在許可は渡航後90日以内に取得できればいいので、アメリカのようにビザを取るのが困難で留学できない…という心配はあまりしなくてもいいかもしれません。基本的に入国後に書類を揃え、外人局で申請をします。外人局は事前に予約が必要な場合や朝から並ぶ場合があり、州によってシステムが違うようなので事前にチェックが必要です。住む街への転入届けの書類は引っ越した後できるだけすぐに出す必要があります。ドイツ語がバッチリできる!と言う場合は問題ないのですが、外人局に行く場合はできる限り研究室の同僚などに同行してもらうことをおすすめします。英語で十分コミュニケーションできると思うのですが、日本と違い、担当者の裁量が大きい部分があるので窓口の人によって必要だと言われる書類が異なる場合もあり、現地の人にサポートしてもらった方が安心ではあります。
ヨーロッパでは年々実験動物の取り扱いの規制が厳しくなっており、講習を受けないと動物が扱えない、計画書を準備する負担が増える、などの面もあります。動物講習もドイツ語のものは頻繁に開催されるが英語での講習は頻度が少なくなる傾向があるので、留学直後からしっかりと研究をしようと思われている方は渡航前から開催日のリサーチをした方がいいかもしれません。研究所には、研究者が研究に集中できるように、遺伝子改変や動物実験のための実験計画書の作成、管理をアシスタントしてくれる人が雇われており、ドイツらしさを感じました。
教授がニュルンベルクの隣のエルランゲンにあるフリードリッヒアレクサンダー大学のW3の教授になったため、2022年4月にミュンスターからエルランゲンへと研究室の引越しをしました。本当ならもっと早くに移動する予定だったのですが、コロナの影響で研究室の改装が終わらず引越しの予定が延びに延びていました。向こうの準備ができたということでいざ引っ越していると、まだ改装が全然終わっておらず、ゼブラフィッシュの飼育部屋も顕微鏡の部屋も完成しておらず、この状況で研究ができるのかととても焦りました。物を輸送する段階から雲行きは怪しく、教授が手配した引越し業者は大手ではなく個人が経営しているもので、本来なら2台トラックが来るはずが、当日になって1台しか来ず運送計画が崩れてしまいました。周りの人から色々聞いてみると、ドイツの引越し業者で最初の契約通りに勤勉に働いてくれるところは稀なようです。結局引っ越してから1年間、顕微鏡の部屋は完成することなく、間に合わせの古い共焦点顕微鏡を騙し騙し使うことになりました。新しいきれいなセミナールームも使うことなく帰国することになってしまいました。まだ研究室ごとの引越しだったため、ドイツ人の同僚が色々と交渉してくれたからよかったものの、自分1人で海外で引越しとなると難しい部分が多いと感じてしまいました。
エルランゲンでの生活は1年間で終わりを告げました。日本への帰国が決まった後はプロジェクトをまとめるためにデータを出すのに必死でした。顕微鏡に齧りつき、データを整理して、教授とディスカッションの繰り返しで、最後にヨーロッパを旅行したいと考えていたのですが、旅行はいつでもできるけどこのデータを出すのは今しかできないと考え楽しい実験の日々を過ごしました。忙しい中ディスカッションの時間を作ってくれた教授には感謝です。日本での住居は大学の宿舎を利用できる予定だったので家探しの負担は少なかったのですが、ドイツで住んでいたマンションの退去、引越しの作業は大変でした。運が悪かったのか、マンションの管理会社の体制が杜撰で、メールをしても以前の担当者が退職していて連絡がつかなかったり、やっと新しい担当者の連絡先をゲットしてもそれは自分の担当範囲外であるとさらにたらい回しにされたりと、スムーズには行きませんでした。日本とドイツではコンセントの形状が違いますし、日本への送料もばかにならないことから、家電や家具のほとんどはドイツで処分してきました。日本からドイツに来た時は片道の航空チケットを購入していたため、帰国の際も片道チケットを購入したのですが、燃料費の高騰もあり予想外の出費になりました。研究だけでなくプライベートでも懇意にしていただいたHerzog教授、ラボメンバーのおかげで充実した留学生活を送ることができ、本当に感謝しています。以前みんなでSushiレストランに行った際にお寿司美味しいと言っていたので、フェアウェルパーティーでは手巻き寿司をふるまうことにしました。生魚が苦手な人もいたので、ツナマヨやアボガド、牛肉の時雨煮などを用意しました。寿司を自分で巻くという体験を気に入ってくれ、お寿司も美味しいと言ってもらえて嬉しかったです。
繰り返しになりますが、温かく留学を受け入れてくれたWiebke Herzog教授、ラボのメンバーに大変感謝しております。おかげさまで研究者として大きく成長できたと感じています。これからも留学で得られた経験を糧に研究を頑張っていきたいと思います。
This page was created on 2023-07-07T08:24:04.959+09:00
This page was last modified on 2023-07-31T14:24:19.000+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。