アストロサイト病態生理学研究の推進
理化学研究所 脳神経科学研究センター グリア–神経回路動態研究チーム
© 2024 日本神経化学会© 2024 The Japanese Society for Neurochemistry
1858年、Rudolf Virchow博士がニューロンや血管以外の脳細胞を「ニューログリア」として命名し、その後1893年にMichael von Lenhossek博士がそのうちの一種をアストロサイトと名付けた1)。グリア細胞は哺乳類の脳細胞のうち約半数を占め、最も多く存在するグリア細胞であるアストロサイトは脳や脊髄にタイル状にひしめくように存在し、他の脳細胞および血管・脳境界領域と相互作用をしている。主要な機能としてニューロンに対する代謝サポート、イオン・神経伝達物質の取り込み、シナプスの形成・除去が挙げられる。アストロサイトの脳障害への関与は長らく認識されていたが、最大のボトルネックはアストロサイトの多機能性を時空間的に正確に操作・解析できる信頼性の高いツールが不足していたことである2)。特に、脳内でのアストロサイトの具体的な役割や機能メカニズムに関しては不明点が多く残されていた。これを克服するため、遺伝子改変マウスモデルをはじめ、より特異的にアストロサイトを標識し、in vivoで細胞を正確に観察・操作するツールが開発は現在もなお続いている。
最新のツールを用いて、筆者らは以前に背側線条体アストロサイト-ニューロンの連関メカニズムを明らかにし、大脳皮質や海馬のアストロサイトとは異なる線条体アストロサイト固有のシグナル経路や脳機能修飾を発見した3)(日本神経化学奨励賞受賞の対象)。この発見から、アストロサイト分子シグナルはコンテキスト(時空間あるいは脳組織の状態)に影響を受け、その機能は多様であるという示唆が得られた。
神経・精神疾患にはそれぞれ固有の病理学的・生理学的・生化学的特徴が存在する。これらの疾患に関連する遺伝子群は、ニューロンのみならずグリア、特にアストロサイトに高発現する遺伝子群に濃縮されることが指摘されている4)。病態生理へ寄与のするアストロサイト詳細な分子機構の同定およびその治療標的としてのポテンシャルについての検証は、とりわけ期待は大きいものの、これまで達成された例は少ない。その原因として、単一の病態に複雑かつ多数の交絡因子が存在することが挙げられる。例えば神経変性を伴う病態脳では、シナプス伝達異常、ニューロンの死滅、神経炎症、アストロサイトGPCR/Ca2+シグナルや細胞外K+制御の変調が散見される5)。以上のように、アストロサイトにおけるシグナルの入出力は多岐にわたり、したがってアストロサイトによる脳機能制御の様式はさまざまである。
上記の事実を受けて、筆者らは「アストロサイトは数多くの脳疾患での寄与が示唆されているが、それぞれの病態生理的条件でのアストロサイトの寄与の“特異性”を明らかにしないことには、治療に結びつかない」と問題意識を新たにした。この問題を解決するために、アストロサイト分子シグナルの“特異的”操作ツールと、“網羅的”分子解析ツールの開発・採用を行い、HD病態をモデルとした研究を通して“具体的”なアストロサイトGPCRを治療標的として提案するまでに至った。
このアストロサイト機能多様性を裏打ちするメカニズムを理解する上で、アストロサイトの複雑なシグナル伝達経路(例:Gq-, Gs-, Gi-GPCR/Ca2+シグナル)と出力機能および病態への寄与の対応関係を詳細に解析することが重要である。筆者らはこの複雑性を紐解くことを目標として、特異的な分子シグナル操作(Gq-GPCRシグナル遮断ツール)と網羅的な分子シグナル解析(アストロサイトRNA-seq)を開発した。これらの新たな解析法を用いて、(1)Gq-GPCR/Ca2+シグナルの局所回路および行動での役割、(2)多様な脳組織環境に応答するアストロサイトの分子的柔軟性/堅牢性、(3)アストロサイト依存的な神経変性メカニズムおよび治療標的、を明らかにすることを目的とした。
Gq-GPCR経路によるアストロサイトCa2+シグナルの活性化は大脳、海馬、線条体など最も多くの脳領域で観察され、アルツハイマー病・うつ様病態それぞれで亢進・減弱が報告されてきた6, 7)。しかし、アストロサイトGqシグナルを特異的に操作するツールが存在しなかったため、アストロサイトGqシグナルと脳機能の因果関係は未解明であった。これまでアストロサイトGqシグナル低減ツールとして主に用いられてきたIP3R2 KOマウスでは、胎児期より全脳のアストロサイトGqシグナルの大部分が消滅しているため、より優れた時空間的特異性のある操作ツールが必要であった。そこで、筆者らは細胞種選択的かつGq経路特異的にシグナル伝達を遮断させるペプチドibARKを見出し、クローニングを経てAAVツールを開発した8)。培養系、脳スライス、生体内のアストロサイトで体系的なバリデーションを行った結果、ibARKはアストロサイトの自発的Ca2+やGi-, Gs-GPCRシグナル、細胞形態・電気生理学的特徴に影響を与えず、リガンド依存的なGqシグナル(数秒~数十秒のevokedシグナル)のみを遮断できることが明らかになった。AAV2/5-ibARKによる回路特異的な、あるいはAAV-PHP.eB-ibARKによる全脳でのアストロサイトGqシグナル遮断を行なったところ、アストロサイトGqシグナルは驚愕反応の馴化に必要であることが新たに見出された。さらに、ibARKを前頭前野の興奮性ニューロンで用いたところ、Gqシグナルおよび神経伝達異常を遮断することで社会的敗北ストレスを軽減できることが明らかになった。このように、多様な細胞種・脳回路でのGq遮断によって、神経・精神病態でのGqシグナルの役割を多角的に明らかにすることが可能となった。
また、異なるコンテキストにおける多様なアストロサイトの器質的変化をRNAレベルで網羅的に解析し、分子的特徴を無作為かつ体系的に発見する目的で、14種の薬理学的・病理学的・生理学的刺激を線条体アストロサイトに暴露し、RiboTag TRAP法を用いてRNAシーケンスを行った9)。具体的には、ハンチントン病(HD)モデルマウス4群(トランスジェニックR6/2およびノックインQ175のそれぞれ発症前と発症後)、病理学的変性摂動を惹起したマウス4群(LPS全身炎症、線条体ニューロン死滅、線条体へのドーパミン神経投射消失、強迫性障害モデル)、アストロサイトイオンシグナル操作マウス3群(Kir4.1 KO, IP3R2 KOおよび膜上Ca2+ポンプ強制発現系)、GPCRシグナル操作マウス3群(線条体アストロサイトにおけるGq-、Gs-およびGi-DREADD刺激)での遺伝子発現変化を網羅解析した。興味深いことに、各群間のアストロサイト分子変化は共通するものはきわめて少なく、固有な分子変化が観察された。これは“アストロサイトの反応多様性”を示唆している。クラシカルな視点では、病態におけるアストロサイトは一様にGFAP上昇を伴うアストログリオーシスを示すことが一般的な理解であった。しかし、筆者らの解析により、ニューロン死滅や炎症惹起時には線条体アストロサイトはアストログリオーシス様の分子発現変化を示す一方で、HD発症時においてはそのような予兆は観察されない9, 10)という驚きの事実が明らかとなった。
アストログリオーシスを示さないHDアストロサイトの分子特性を明らかにするため、HD患者やモデルマウスの分子シグナル変化の特徴を網羅的に調べたところ、アストロサイトにおけるGi-GPCRシグナルの低下が最も顕著であることが見出された。つまりHDアストロサイトの表現型はアストログリオーシスのようなgain-of-functionではなく、loss-of-functionであることが明らかになった。これらの結果から、アストロサイトGiシグナル経路を刺激するとHD症状を改善できるのではないかという仮設が導出された。HDマウスにおいて、線条体アストロサイト特異的なGi-DREADD刺激を慢性的に与えたところ、アストロサイトCa2+シグナルおよび細胞形態の異常、神経変性によるシナプスの喪失、シナプス伝達低減、7種のマウス行動異常が有意に改善された。薬理実験により、これらの改善がアストロサイト由来のシナプス産生因子TSP1であることを見出した9)。
線虫、ハエ、ゼブラフィッシュ、マウスなど実験動物からヒトに至るまでアストロサイトは多種細胞と相互作用し多様な分子シグナルおよび出力機能をもつ。そのため、メカニズムをより強固にサポートする上で多階層解析がきわめて重要となる。したがって、本研究で筆者らが分子(遺伝子改変、遺伝子網羅解析、薬理学)–細胞・回路(シナプス電気生理、イメージング、薬理遺伝学)–個体(行動解析)レベルで体系的に解析した点は大きな特色である。アストロサイトに高発現する内在性Gi-GPCRを提案する目的でアストロサイトRNA-seqと臨床データを比較調査し、23のアストロサイトGPCRを治療標的として提案した9)。GPCRシグナルの下流分子TSP1を介したシナプス産生の促進はHDや他のシナプス変性を伴う疾患を改善できる新たな治療戦略となる可能性がある。実際に、国内外に存在する豊富な化合物ライブラリーへのアクセスを活かし、標的分子を修飾する化合物スクリーニングに着手する動きがみられる11, 12)。
脳機能のメカニズムを解明することは、現代生物学の最後のフロンティアの一つであり、人工知能の進化や、脳障害の理解に大きく貢献する。ニューロンとグリア細胞は約150年前に発見され、特に最近の実験技術の進歩により、脳研究は飛躍的に進展した。1950年代以降、電気生理学やイメージング技術の進化により、ニューロンの電気活動や行動への関与が深く理解されてきた。対照的に、同時期に発見されたグリアの役割は比較的解明が遅れていたが、グリアもニューロンと相互作用し、脳回路の重要な一部であることがわかってきた。特に、ニューロンとグリアの相互作用は約5億年前の進化に由来するという事実が明らかになっている。シドニー・ブレナー博士(2002年ノーベル賞受賞者)は「科学の進歩は新しい技術、新しい発見、新しいアイデアの順序に従う」と述べた。グリア研究もこの順序に沿い、新技術の開発が進み、グリアの機能が徐々に解明されつつある。
本研究成果は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部生理学科にて得られたものです。研究遂行にあたり、多大なご指導を賜りましたBaljit Khakh教授、共同研究者のPayman Galshani教授(UCLA)、Giovanni Coppola教授(UCLA)、Viviana Gradinaru教授(CalTech)に感謝いたします。また、本稿で紹介した研究内容は、NIH、日本学術振興会、上原記念生命科学財団からの研究助成費により行われました。最後に、本稿の執筆機会を与えて下さいました日本神経化学会出版・広報委員会、ならびに優秀賞選考委員会の皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。
1) Verkhratsky A, Nedergaard M. Physiology of astroglia. Physiol Rev, 98(1), 239–389 (2018).
2) Yu X, Nagai J, Khakh BS. Improved tools to study astrocytes. Nat Rev Neurosci, 21(3), 121–138 (2020).
3) Nagai J, Rajbhandari AK, Gangwani MR, Hachisuka A, Coppola G, Masmanidis SC, Fanselow MS, Khakh BS. Hyperactivity with disrupted attention by activation of an astrocyte synaptogenic cue. Cell, 177(5), 1280–1292.e20 (2019).
4) Kelley KW, Nakao-Inoue H, Molofsky AV, Oldham MC. Variation among intact tissue samples reveals the core transcriptional features of human CNS cell classes. Nat Neurosci, 21(9), 1171–1184 (2018).
5) Nagai J, Yu X, Papouin T, Cheong E, Freeman MR, Monk KR, Hastings MH, Haydon PG, Rowitch D, Shaham S, Khakh BS. Behaviorally consequential astrocytic regulation of neural circuits. Neuron, 109(4), 576–596 (2021).
6) Cao X, Li LP, Wang Q, Wu Q, Hu HH, Zhang M, Fang YY, Zhang J, Li SJ, Xiong WC, Yan HC, Gao YB, Liu JH, Li XW, Sun LR, Zeng YN, Zhu XH, Gao TM. Astrocyte-derived ATP modulates depressive-like behaviors. Nat Med, 19(6), 773–777 (2013).
7) Escartin C, Galea E, Lakatos A, O’Callaghan JP, Petzold GC, Serrano-Pozo A, Steinhäuser C, Volterra A, Carmignoto G, Agarwal A, Allen NJ, Araque A, Barbeito L, Barzilai A, Bergles DE, Bonvento G, Butt AM, Chen WT, Cohen-Salmon M, Cunningham C, Deneen B, De Strooper B, Díaz-Castro B, Farina C, Freeman M, Gallo V, Goldman JE, Goldman SA, Götz M, Gutiérrez A, Haydon PG, Heiland DH, Hol EM, Holt MG, Iino M, Kastanenka KV, Kettenmann H, Khakh BS, Koizumi S, Lee CJ, Liddelow SA, MacVicar BA, Magistretti P, Messing A, Mishra A, Molofsky AV, Murai KK, Norris CM, Okada S, Oliet SHR, Oliveira JF, Panatier A, Parpura V, Pekna M, Pekny M, Pellerin L, Perea G, Pérez-Nievas BG, Pfrieger FW, Poskanzer KE, Quintana FJ, Ransohoff RM, Riquelme-Perez M, Robel S, Rose CR, Rothstein JD, Rouach N, Rowitch DH, Semyanov A, Sirko S, Sontheimer H, Swanson RA, Vitorica J, Wanner IB, Wood LB, Wu J, Zheng B, Zimmer ER, Zorec R, Sofroniew MV, Verkhratsky A. Reactive astrocyte nomenclature, definitions, and future directions. Nat Neurosci, 24(3), 312–325 (2021).
8) Nagai J, Bellafard A, Qu Z, Yu X, Ollivier M, Gangwani MR, Diaz-Castro B, Coppola G, Schumacher SM, Golshani P, Gradinaru V, Khakh BS. Specific and behaviorally consequential astrocyte Gq GPCR signaling attenuation in vivo with iβARK. Neuron, 109(14), 2256–2274.e9 (2021).
9) Yu X, Nagai J, Marti-Solano M, Soto JS, Coppola G, Babu MM, Khakh BS. Context-specific striatal astrocyte molecular responses are phenotypically exploitable. Neuron, 108(6), 1146–1162.e10 (2020).
10) Diaz-Castro B, Gangwani MR, Yu X, Coppola G, Khakh BS. Astrocyte molecular signatures in Huntington’s disease. Sci Transl Med, 11(514), eaaw8546 (2019).
11) Soto JS, Neupane C, Kaur M, Pandey V, Wohlschlegel JA, Khakh BS. Astrocyte Gi-GPCR signaling corrects compulsive-like grooming and anxiety-related behaviors in Sapap3 knockout mice. Neuron, 112(20), 3412–3423.e6 (2024).
12) Ji R-R, BANG S, Chandra S. Compositions and methods for targeting gpcr for the prevention and treatment of pain. (2023). Patent WO2023069682A1.
This page was created on 2024-10-24T09:27:52.03+09:00
This page was last modified on 2024-12-27T08:05:19.000+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。