ISSN: 0037-3796
日本神経化学会 The Japanese Society for Neurochemistry
Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 63(2): 63-66 (2024)
doi:10.11481/topics219

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経験依存的な社会性形成と内側前頭前皮質発達におけるミクログリア由来BDNFの機能解析

奈良県立医科大学 精神医学講座

発行日:2024年12月30日Published: December 30, 2024
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はじめに

視覚などの感覚機能獲得には臨界期が存在し、生後の限られた期間の刺激・経験によって神経可塑性が高まる1)。また、臨界期は様々な要因によってその時期が制御されている。例えば、視覚野においては臨界期の脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor; BDNF)過剰は興奮性/抑制性神経バランス(E/Iバランス)における抑制性神経強化(E<I)の変化をもたらし、臨界期を早期閉鎖する2)。また、いくつかの研究はミクログリアが感覚野の臨界期に関与することを示している3–5)。一方、感覚機能と同様に、マウスの社会性も限られた期間の社会的経験に依存して発達する。生後21–35日目(P21–P35)に幼若期社会的隔離(juvenile social isolation; j-SI)を経験したj-SIマウスは、その後の再社会化によっても社会性は回復しない6)。このj-SIマウスでは、内側前頭前皮質(mPFC)でE<Iの変化を認め、さらにミクログリアが分泌する神経栄養因子の量が過剰となる7, 8)。これら神経栄養因子の過剰、E<Iへの変化、ミクログリアの関与といった現象は、視覚臨界期を制御する前述の現象を想起させるものであった。そこで、「社会性獲得の臨界期は、ミクログリアによるBDNF過剰およびそれに付随するmPFCのE<I変化によって制御されるのではないか」と仮説を立てて検証を行った9)。これまで、ミクログリアが社会性10)や、mPFCのシナプス刈り込み11)、mPFC依存的な認知機能に時期特異的に関与する12)ことは知られていたが、ミクログリアが社会性臨界期を制御するかどうかは不明であった。

j-SI体験はミクログリア由来Bdnf(MG-Bdnf)を増加させた

まずマウスを用いて幼少期の社会的経験剥脱がMG-Bdnfに与える影響を検証した。P21で離乳を行い、集団飼育する群(group-housed; GHマウス)と、P21–P35まで隔離飼育してP35で年齢・性別・系統を一致させたマウスと再社会化(3–5匹)を行う群(j-SIマウス)を作成した。

先行研究と一致し6, 13)、3chamber社会性テストにおいてj-SIマウスはGHマウスと比較して社会性が低下していた。そして特筆すべきことに、j-SIが終了するP35の時点から成体期に渡るまで皮質全体およびmPFCにおけるMG-Bdnf発現が増加していた。一方で、皮質およびmPFCのバルク組織では、Bdnf発現に差は認められなかった。これらの結果は、j-SIがMG-Bdnfの過剰発現を誘発し、再社会化を行っても成体期までその影響は持続し、改善が見られないことを示唆した。

MG-BDNFの過剰発現は社会性低下とmPFC錐体細胞の機能変化を生じた

続いて、MG-BDNFを過剰発現させた遺伝子組換えマウスを用いて、社会性の低下が再現できるかを検証した。このマウスは、Iba1-tTA transgenicマウスとBdnf-tetO knock-inマウスを交配させており(Iba1-tTA::Bdnf(tetO/+)マウス;Iba1-Bdnfマウス)、Tet-off systemによってドキシサイクリン(DOX)の非存在下でMG-BDNFが過剰発現しており、DOXを投与するとMG-BDNFが正常化する(ELISAにて確認)。つまり、DOXの投与時期をずらすことにより、MG-BDNFが時期特異的に果たす役割についても検証することが可能である。コントロールには、Bdnf(tetO/+)マウスを用いた。

3chamber社会性テストにおいてIba1-Bdnfマウスの社会性を評価したところ、コントロールマウスと比較して社会性が低下していた。また、3chamberという人為的環境を排除するため、自由環境下でマウスの動きを追跡して社会的アプローチの回数をカウント出来る装置を作成して(the augmented reality-based long-term animal behavior observing system; AR-LABO)社会性の検証を行ったが、やはりIba1-Bdnfマウスの社会性は低下していた。

次に、Iba1-BdnfマウスにおけるmPFC第5層錐体細胞においてwhole-cell patch-clamp記録を行って、電気的活動を測定した。その結果、Iba1-BdnfマウスのmPFC第5層錐体細胞において、自発発火頻度が減少していた。また、spontaneous excitatory postsynaptic current (sEPSC)の頻度が低下し、spontaneous inhibitory postsynaptic current (sIPSC)の頻度が増加していた。miniature EPSC (mEPSC)およびIPSC (mIPSC)においても同様の変化を認めた。これらは、j-SIマウスでみられるmPFC第5層錐体細胞の変化とほぼ一致していた。また、視床下部後部の錐体細胞ではこの変化は認められず、j-SIマウスと同様の結果であった13)。これらの結果は、幼少期からのMG-BDNFの持続的な増加が、mPFC第5層錐体細胞の興奮性を低下させ、また、抑制性シナプス入力を増加させて抑制性神経回路の活性を高めていることを示唆した。まとめると、MG-BDNFの過剰発現は、j-SIマウスで観察された社会性障害およびmPFC機能障害を誘発した。

MG-BDNFの過剰発現はmPFCの補体系遺伝子の発現を変化させた

MG-BDNFの過剰発現がmPFCに与える影響をさらに検証するため、Iba1-BdnfマウスのmPFCのRNAseq解析を行った。その結果、Iba1-Bdnfマウスではコントロールマウスと比較して、C1qaを起点とする補体系の遺伝子発現が減少していた。また、C3ar1の遺伝子発現も低下していた。一方で、各種サイトカインや神経栄養因子には変化を認めなかった。これらの結果は、MG-BDNFの過剰発現は、mPFCにおいて補体系の混乱を生じさせ、結果としてE/Iバランスの異常を生み出すことが示唆された。

若年期からMG-BDNFを正常化すると社会性障害やmPFC機能異常を生じない

社会性の臨界期であるP21–P35にMG-BDNFが関与しているかどうかを検証するため、P21からDOXを開始してMG-BDNFを正常化させたところ、社会性に障害は生じず、mPFCの機能異常も生じなかった。一方で、臨界期を過ぎたP50からMG-BDNFを正常化しても電気生理学的な異常は回復せず、錐体細胞の発火頻度の減少や、sIPSC・mIPSCの頻度増加は残存したままであった。しかし、社会性については改善を認めたため、これらはEPSCの改善による結果であると解釈した。まとめるとMG-BDNFは、mPFCの抑制性神経発達には若年期に厳密な時期特異的役割を果たしている一方で、社会性については成人期になっても、EPSCの調整を介して社会性を回復させうることが示唆された。

ヒトのマクロファージにおけるBDNF発現は小児期の経験と相関していた

最後に、本結果がトラスレーショナルな意義をもっているかを検証した。まず、通常飼育したマウスにおいて、末梢血単核細胞とMG-Bdnf発現に相関があることを明らかにした。よって、ヒトの末梢血から単球を採取してマクロファージに分化させ、それをミクログリアに見立ててBDNF発現を測定することにした。また、幼少期トラウマ体験の心理指標であるChild Abuse Trauma Scale(CATS)14, 15)を調べ、マクロファージBDNFとの相関を調べた。その結果、M2マクロファージにおけるBDNF発現と幼少期トラウマ体験の重症度との間には正の相関を認め、トランスレーショナルな結果が得られた。一方で、M1マクロファージにおけるBDNF発現とCATS総スコアとの間に相関は認めなかった。(なお、ヒト研究は奈良県立医科大学医の倫理審査委員会の承認を得て実施し、参加者に十分なインフォームドコンセントを行い、書面にて同意を得た。また、個人情報保護に十分な配慮を行った。)

おわりに

近年、様々な精神疾患にミクログリアが関与している可能性が示唆されている16)。精神疾患の多くは社会性の障害を呈するため、社会性障害のメカニズムを解明することは喫緊の課題である。本研究では、幼少期の孤立体験によって生じる社会性障害にMG-BDNFが時期特異的に関与していることを明らかにした9)。また、精神科臨床医であることを活かして、ヒトサンプルを用いてトランスレーショナルな研究を行うことが出来た。マクロファージをミクログリアに見立てて、というのは起源17)の問題からも大きな限界点ではあるが、幼少期逆境体験によってBDNFが減少するのではなく増加するというトランスレーショナルな結果が得られた点は興味深い。なお、DOX投与の期間が表現系に影響している可能性があることや、mPFCのE/I変化と社会性の可逆性の時期特異性が完全には一致しなかったことなどは限界点であり、さらなる検証を要するところである。しかしながら、この不一致は臨床において、MG-BDNFへの介入による社会性回復の可能性を示唆するものであり、決してネガティブなことではない。本研究の成果を基に、幼少期にネグレクトなどの孤立・孤独体験を有する患者の治療法の開発やその効果的な時期の特定を目指し、さらに研究を続けていきたい。

Bulletin of Japanese Society for Neurochemistry 63(2): 63-66 (2024)

図1 社会性およびmPFC発達におけるMG-BDNFの影響

謝辞Acknowledgments

本研究を行うにあたり、多くの共同研究者の先生方に多大なるご指導とご協力を賜りました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。また、このような栄誉ある賞および本稿執筆の機会をいただき、選考委員の先生方や関係者の皆様方に心より御礼申し上げます。

引用文献References

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