鈴木邦彦先生を偲んで
国際医療福祉大学
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長年にわたり、スフィンゴリピドーシス、ライソゾーム病の研究で、先駆的な研究成果をあげ、この分野の研究をリードされてきた鈴木邦彦先生が、2025年2月12日に享年93歳でご逝去されました。日本から30名の留学生を受け入れ、人材育成にも大きく貢献されました1)。鈴木先生の功績を偲び、ご冥福をお祈り申し上げます。
鈴木邦彦先生は、1955年に東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科を卒業された後、東京大学医学部医学科に改めて入学され、1959年に卒業されました。卒業後、米空軍立川病院で、1年間のインターンを終えられた後、1960年6月、フルブライト留学生として、プレジデント・クリーヴランド号に乗船して横浜港を出港されました。当時は、日米安全保障条約の改定の時期で、国内が騒然となっていました。出港した翌朝、船上で前夜の安保反対デモで東京大学の女子学生が亡くなったとのニュースをラジオで聞かれたというような時期でした。
鈴木先生は、1960年よりニューヨークのアルバートアインシュタイン医科大学神経内科レジデントとしての勤務を開始。1969–1971年ペンシルヴァニア大学医学部 神経内科助教授(Associate Professor)として勤務され、1972年に、アルバートアインシュタイン医科大学 神経内科教授として戻られ、1986年からは、ノースカロライナ大学医学部神経科学センターのセンター長として勤務されました。2002年に帰国され、同年、日本学士院賞を受賞されました。その後は、東海大学未来科学技術共同研究センター教授や日本学士院の会員としてお仕事を続けられました。
米国での最初の2年間は、鈴木先生は神経内科のレジデントとして過ごされ、今の医師の働き方改革の時代とはまったく異なり、非常にハードな生活だったとのことです。3年目からは、神経内科の初代教授だったSaul Koreyのアドバイスで研究生活に入りました。鈴木先生のライフワークとなる、スフィンゴリピドーシスですが、ちょうど、1960年に、Saul Korey, Robert D. Terryが神経細胞内に玉葱のような膜構造をもった小体が蓄積していることを電子顕微鏡による観察で初めて発見した時で2)、1963年にはその化学構造が確定されるという時代で、脂質蓄積の病態機序を解明するために、蓄積物質の構造決定から出発して、蓄積物質の代謝についての研究が開始されるという時期でした。後に鈴木先生のライフワークとなるKrabbe病の研究を開始されたのは、1969年にニューヨークからペンシルヴァニア大学に移られてからでした。Krabbe病はデンマークの医師Knud Haraldsen Krabbeが1916年に最初の患者を報告した古典的な遺伝性脳白質変性症の一つで、生後半年以内に発症し、急速に進行、数年で死に至る重篤な病気です。臨床・病理の面からはそれまでにかなり詳しく研究されていましたが、生化学的な情報はほとんどなかった時代でした。ペンシルヴァニア大学病院に凍結保存されたKrabbe病患者の脳が3例あったことから、Krabbe病の剖検脳からミエリンを分離してその組成を分析することから研究を始めました。Krabbe病では脱髄が顕著で、ミエリンの分離精製は非常に困難だったとのことです。鈴木先生は、もう一つの古典的な遺伝性脳白質変性症である異染性自質変性症(metachromatic leukodystrophy, MLD)からの類推で、Krabbe病はセレプロシドの分解酵素、すなわち、セレブロシダーゼの欠損によるものではないかと考え、その代謝酵素の研究を始めました。興味深いことに、スルフアチドの分解欠損によって起るMLDではスルフアチドの異常蓄積があるのにKrabbe病の脳ではセレプロシドは正常より少ない、つまり分解酵素欠損による蓄積症の根本的な概念に反することでした。
当時、酵素活性の測定には、セレブロシドをラジオアイソトープでラベルして基質を調製することが必要だったのですが、非常に苦労をされたようです。苦労の末、基質が準備できて酵素活性の測定をしてみると、Krabbe病の脳では活性が欠損していることを発見されました3)。鈴木先生はさらに、培養細胞、白血球などでも酵素欠損を確認し、死後の病理検査に頼らなくても生前に確定診断ができること、さらに培養羊水細胞による出生前診断が可能であることを証明されました。また、イヌのKrabbe病でも同じ酵素が欠損していることを短期間のうちに証明されました。
Krabbe病がセレプロシダーゼの欠損によって起こることが発見され、Krabbe病の理解が深まったのですが、Krabbe病では、なぜ、基質であるセレブロシドが蓄積しないのか?という点が未解決の課題として残りました。これは、先天代謝異常症の考え方とは相容れないものでした。鈴木先生は、セレプロシドから脂肪酸が離脱したサイコシンに着目されました。信州大学で糖脂質の研究で多くの業績を上げた武冨保先生が、1964年にサイコシンは細胞毒で溶血作用があるということを報告しておられ、サイコシンの蓄積とその細胞毒性に着目されました。この時期、宮武正先生が鈴木先生の研究室に参加され、サイコシンの分解酵素活性を調べる研究に着手されました。基質として用いるために、サイコシンをアイソトープラベルすることには大変な苦労があったとのことですが、ラジオアイソトープでラベルしたサイコシンの調製に成功し、その分解活性を測定したところKrabbe病ではサイコシンの分解能力も欠損していることを発見しました4)。つまりサイコシンもセレブロシドも同じ酵索によって分解される、従って、この酵素が欠損すると、セレブロシドの分解も、サイコシンの分解も阻害されている、ということを証明しました。セレプロシダーゼの欠損にもかかわらず、セレプロシドが異常に蓄積しないことも含めて、Krabbe病に特徴的な病理機序として、「サイコシン仮説」を提唱され、初期には懐疑的に見られたこの仮説も、現在では広く受け入れられるようになってきています。
Krabbe病については、その後、Krabbe病のマウスモデルである、twitcherマウスの発見が、研究を大きく加速することになりました。進行性に脳に脱髄が生じるtwitcherと名付けられた自然発生の突然変異マウスの脳病理が、Krabbe病の脳病理に酷似していることを奥様の鈴木衣子先生が発見され、twitcherマウスで、セレブロシダーゼが欠損していることを見出しました5)。それ以来、現在に至るまで、twitcherマウスはKrabbe病の重要なモデルとして広く活用されるようになっています。
Krabbe病では、Lars SvennerholmとMarie Vanierが、正常には殆ど存在しないサイコシンがヒトKrabbe病患者の脳で増加していることを示しておりましたが、鈴木先生の研究室では、イヌKrabbe病モデル、twitcherマウスでも証明しようとされました。イヌ、マウスの脳はヒトの脳に比べると遙かに小さく、検出感度の高い測定法の開発を必要としましたが、その結果、イヌモデルでもマウスモデルでも、サイコシンは増加しているだけでなく、病気の進行に伴って進行性に蓄積が起ることを証明し、サイコシン仮説を強く支持する研究成果を得ることができました6)。
1980年代になり、先天代謝異常症の研究に、分子生物学研究の導入が始まりました。鈴木先生は、ノースカロライナ大学医学部神経科学センターのセンター長のお立場でしたが、sabbaticalの制度を利用して、1984年から1年間、National Institutes of Health(NIH)のElizabeth Neufeldの研究室に、単身で滞在され、ポスドクのように分子生物学研究三昧の生活をされました。この1年間で、分子生物学の最先端の研究手法をマスターされ、その後のKrabbe病の研究をさらに発展させました。筆者は、ちょうどこの時期に、NIHのRoscoe O. Brady, Edward I. Ginnsの研究室で、Gaucher病の分子生物学研究を行っていましたが、週末に、私達のアパートに食事に来ていただいたり、逆に、鈴木先生が滞在されているNIHの宿舎に呼んでいただいて、すき焼きをごちそうになったり、様々な話をお聞きしたりと、かわいがっていただきました。
その後、鈴木先生は、サポシンAと呼ばれるタンパクが、酵素反応の活性タンパクとして機能するのではないかと考え、ノックアウトマウスを作成し、サポシンA欠損のマウスはtwitcherマウスに比べると遅発性で、進行も遅いが、表現型の上でも、病理学的にもKrabbe病になることを見出しました。この発見は、サポシンAがセレプロシダーゼの活性タンパクであることを確立しただけでなく、ヒトでも同じ病気があるはずであると予言をされ7)、事実、その数年後に、サポシンAの欠損によって生じる最初の症例が報告されました8)。つまり、Krabbe病はセレブロシドを分解できないことによって起こる病気で、その分解には酵素と活性タンバクの両方を必要とすること、従って、そのどちらが欠けても、セレプロシドを分解できなくなり、その結果として、同じ病気を発症するということを証明されました。疎水性の高いセレブロシドの加水分解には、活性タンパクの存在を必要とすることが明らかになったわけです。
鈴木先生の研究は、Krabbe病の欠損酵素の発見、酵素欠損であるにもかかわらず、セレブロシドが蓄積しないのは、基質の一つであるサイコシンが蓄積し、その強い毒性によって脱髄が生じることを証明し、さらに、セレブロシダーゼの酵素活性には、活性タンパクであるサポシンAが必要で、サポシンAが欠損しても、Krabbe病を起こすことを、ヒトの症例発見に先立って遺伝子工学によって作成したマウスにより証明され、Krabbe病の分子病態機序の全体像を明らかにされたという素晴らしい業績を上げられました。一方で、骨髄移植、遺伝子治療など、治療法の開発研究にも精力的に取り組んでおられました9)。鈴木先生が生涯を通して、Krabbe病に関するすべての研究を推進された歩み1)に敬意を表したいと思います。
鈴木先生は、学会活動においても、幅広く活躍されました。American Society for Neurochemistry(ASN)では、President(1987年–1989年)、International Society for Neurochemistry(ISN)では、Treasurer(1989年–1993年)、President(1993年–1995年)として活躍されました。また、日本神経化学会には、1985年から参加され、2007年からは名誉会員でいらっしゃいました。2008年より日本学士院会員になられ、日本学士院紀要Series Bの編集にもEditorとして貢献されました。また、Journal of NeurochemistryのDeputy Chief Editor(1975年–1977年)、Chief Editor(1977年–1981年)を務められ、筆者もこの時期に論文を投稿させていただいたことがあり、大変お世話になりました。
鈴木先生は、東京大学学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科を卒業してから医学部に入学されるというご経歴でいらっしゃり、教養学部時代に、医学部とは異なる幅広い分野の方々との交流がありました。また、学生時代は、山岳部で活躍され、日本野鳥の会でも活躍しておられました。写真を撮るのがお好きで、日本に帰られてからも首からカメラをぶら下げてご自宅近くの自然教育園などを散策しながら野鳥や草木や季節の花などを撮影されていました。山歩きがお好きで、80歳を過ぎてからもご友人とともにNew Zealand南島のミルフォードトラックでのトレッキングや、チベットからネパールへ、ヒマラヤの8000 m級の山々や湖を眺めながら巡るなど、健脚ぶりを発揮されていました。音楽にも造詣が深く、ご自身も高校生のときからピアノを習い始め、アメリカ滞在中も、帰国後も、時間を見つけてはピアノを弾いておられました。この経歴からも分かるように、教養人として人間性豊かな方でいらっしゃり、交流関係もスフィンゴリピドーシスの分野の研究者にとどまらず、幅広い分野の人たちとの交流がありました。米国滞在が長かったというお立場から、海外から見た日本についてのコメントも数多く発信しておられました。また、鈴木先生の信条として、書かれる日本語の文章は、一貫して、旧仮名遣いで通しておられたことも印象に残っています。
鈴木先生のご研究の歩みとその業績に深甚なる敬意を表し、謹んでお悔やみを申し上げますとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
追記:鈴木先生の思い出について、親交の深かった、藤田信也先生、馬場広子先生から、情報を提供していただき、文章に加えさせていただきました。
1) Suzuki K. My encounters with Krabbe disease: A personal recollection of a 40-Year journey with young colleagues. J Neurosci Res, 94(11), 965–972 (2016).
2) Terry RD, Korey SR. Membranous cytoplasmic granules in infantile amaurotic idiocy. Nature, 188(4755), 1000–1002 (1960).
3) Suzuki K, Suzuki Y. Globoid cell leucodystrophy (Krabbe’s disease): Deficiency of galactocerebroside beta-galactosidase. Proc Natl Acad Sci USA, 66(2), 302–309 (1970).
4) Miyatake T, Suzuki K. Globoid cell leukodystrophy: additional deficiency of psychosine galactosidase. Biochem Biophys Res Commun, 48(3), 539–543 (1972).
5) Kobayashi T, Yamanaka T, Jacobs JM, Teixeira F, Suzuki K. The Twitcher mouse: An enzymatically authentic model of human globoid cell leukodystrophy (Krabbe disease). Brain Res, 202(2), 479–483 (1980).
6) Igisu H, Suzuki K. Progressive accumulation of toxic metabolite in a genetic leukodystrophy. Science, 224(4650), 753–755 (1984).
7) Matsuda J, Vanier MT, Saito Y, Tohyama J, Suzuki K, Suzuki K. A mutation in the saposin A domain of the sphingolipid activator protein (prosaposin) gene results in a late-onset, chronic form of globoid cell leukodystrophy in the mouse. Hum Mol Genet, 10(11), 1191–1199 (2001).
8) Spiegel R, Bach G, Sury V, Mengistu G, Meidan B, Shalev S, Shneor Y, Mandel H, Zeigler M. A mutation in the saposin A coding region of the prosaposin gene in an infant presenting as Krabbe disease: first report of saposin A deficiency in humans. Mol Genet Metab, 84(2), 160–166 (2005).
9) Chen H, McCarty DM, Bruce AT, Suzuki K, Suzuki K. Gene transfer and expression in oligodendrocytes under the control of myelin basic protein transcriptional control region mediated by adeno-associated virus. Gene Ther, 5(1), 50–58 (1998).
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